+++ お題6:踊り場


2週間――――。

ヒイロと口をきかなくなって、2週間だ。
軽くため息をつく。
重たい。なんでかはわかっているけれど。
胸の奥が重たかった。





朝起きたらパソコンにメールが届いていた。
それはもちろん任務関連のメールで、明日の決行時間とか基地の見取り図とか、そんなもんが届いていた。
恐らく、ヒイロの元にも届いているのだろう。

となると、この学校ともそろそろおさらばだ。

それはヒイロとの別れを意味していた。

別に別れと言っても次の任務でまた会うだろうけれども、しばしの別れを意味しているのは確かだ。
となると、ヒイロから言われたこととはいえ、それをゲームだとノった自分に少しばかり後悔する。
いつ死んでもおかしくない、今日が最後の接触になるかもしれない。そんな日々を過ごしていて、なんでこんな無駄なことにノったりしたのだろうか。
まぁ、それもなんでかなんてわかっていたけれど。
結局自分に振り向かないヒイロに対して、少し意地悪をしたくなっただけだ。

いつも目が誘ってる。
いつも目で求めてる。

そのくせ口にしないヒイロに対して。

いつも自分が動くのを待っているヒイロに対して。

たまにはあいつを動かしたくなったのだ。

いい加減認めろって。

そう言ってやりたかった。

あいつに気づかせてやりたくなった。





お前は、俺が、好きなんだよ。





「あ〜…もーどーしよーもねェな。」

別にヒイロのことなんて好きじゃない。
好きじゃない。
好きじゃない。

ただ人のぬくもりが恋しかっただけ。

そう思っていたのは自分。
今回の賭けで気がついたのは、自分の方こそヒイロのことが好きだったと言うこと。

「なんっつーか、俺の方が負けなのか?」

かつん。かつん。
誰もいない階段を降りる、自分の足音だけがあたりに響いて。
賑やかな学校も好きだけれど、こういう静寂も好きだ。
不思議なほどに誰もいない。
普段賑やかな校内なのに。
もちろんまだ夜ではなく、夕方と呼ばれる時間帯だ。
窓から差し込む夕陽が、階段の踊り場を赤く照らしていた。

「それはそれでなんか認めたくねェなぁ…。」

かつん。かつん。かつん。

響く自分の足音。
しょうがないから寮に戻って、明日の任務のおさらいでもするかと一人口の中で呟いて。

たん。たん。たん。

自分ものではない足音に気がついた。
ふっと階段の踊り場をなんとなくみつめて。
ひょいっと現れた人影に、息を呑んだ。

息を呑んで――――いつもどおりの、ポーカーフェイス。

お互い。
口を開かない。
確かにお互い動揺したはずなのに、いつものポーカーフェイス。
相手が動揺したことに気がついていても、口は開かない。

それが、ルール。

かつん。かつん。かつん。
とん。とん。とん。

踊り場で、すれ違う。

夕陽に照らされたその場所で、すれ違い様。

手首をきつくつかまれた。

それに驚いて、振り返れば。

真剣なヒイロのまなざし。

「っ…!!」

驚いて後ずされば、背中に壁が当たって、手すりが腰に当たる。

そして再び息を呑んで。
突然顔の目の前に近づいてきたヒイロの顔。
奪われる唇。
残ったのは、ちりりと走った痛み。

「てめっ…!!」

舌先に感じる血の味に口を開けば、再び唇を奪われた。
噛み付くような、がっつくようなそのキス。
逃げようとしても後ろは壁で、何もできなくて。
抗おうとした手首はきつくヒイロにつかまれていて。

息もできないくらい激しい口付けにせめて目で抗議をしようと目を開ければ、そこには見たこともない色を含んだヒイロの瞳があった。
いつもの任務のときとは違う、色を宿した瞳。
まるでそれは――――。

「何、欲情してんだよっ…。」

荒れた息で言ってもヒイロは何も言わなかった。
何も言わない。
ただ。ただ―――――デュオの瞳を捕らえて、逸らさないだけ。

ぞくりっと背中に鳥肌が立つ。
ぞわぞわとそれは足の先から指の先まで伝わって、がくりと膝が折れそうになった。

キスをしただけ。
今はただ、その瞳で見られているだけ。
握られた手首が熱い。

どくんどくんと心臓は激しく鳴り響いて、立っていられなくなる。

うそっ…だろっ…!!!

身体が崩れそうになって、慌ててヒイロの肩を掴む。
すると崩れかけた俺の身体を、ヒイロの腕が支えた。

キスをしただけ。
今はただ、その瞳で見つめられているだけ。

それだけなのに。

それだけなのに、俺の身体はこんなにも感じていて。
こんなにも―――煽られる。

まるでそれは抱かれているときみたいに。



欲しい。



欲しい。



欲しい。



欲しくて、頭が、壊れそうで。

今度は自分から口付けた。
ヒイロの首に腕を回して、胸と胸をこすりつけるみたいに抱きついて。
ヒイロの脚の間に、脚を滑り込ませて。

腰を押し付けた。

「ヒイロっ…!!」

切れた唇を舐められると、どうしようもないくらいに頭の新が痺れた。
押し付けた腰の先の熱に、脚が震える。

2週間ぶりに口にしたヒイロの名前は、この上なく艶を含んでいた。

貪り合う口付けに、がむしゃらに抱き合う腕に力をこめて。
シャツが引っ張られて、シャツを引っ張って。
うすっぺらいシャツの壁がもどかしい。
直接肌に、触れたいのに。

滑り込ませた手のひらに伝わるヒイロの熱。
滑り込んできたヒイロの手のひらから伝わる冷たさ。

頭の中は真っ白で、ただ。ただ―――。



ただがむしゃらに。



目の前の愛しい人を求めた。





+++あとがき

微エロともいえないけれど(笑)
ちょっとアダルティー気味になりました。
続きがあるかもしれないけれど、ないかもしれない。

2004/11 天野まこと



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