「なんとかは風邪を引かないってのはどうやら嘘だったようだな。」 「ひでぇ…。」 しゃりしゃりしゃり。 目の前で綺麗に剥かれていく真っ赤なりんご。 それを見ながらデュオはすんっと鼻を啜った。 自分でもわかるくらいに鼻声で。 頭も少しクラクラする。 そう。つまりは風邪をひいたらしい。 「腹を出して寝るからだ。」 「ヒイロが布団取るんだもん。」 もう1度すんっと鼻を啜って。 咳風邪で無いのがせめてもの救いだと思った。 ごほごほげふげふしてたら文句も言えやしないからだ。 かといって熱のせいで、否、喉が赤いせいで熱はでているのだが。 喉が腫れているから痛いため、声を出すのも少し辛い。 「あ、俺、ウサギでって言ったのに。」 「皮は消化に悪い。黙って食え。」 とん。 っと置かれたリンゴのお皿。 ナイフに慣れた手付きでヒイロの剥いてくれたリンゴは、ヒイロらしいほどにきちっと皮が剥かれていた。面倒くさがりやのデュオはいつも皮も剥かずにまるかじりなのだが。 お願いしたうさぎのリンゴでもない。 でもデュオのことを思ってか、それは食べやすいように綺麗に小さく、一口大に切られていた。 風邪をひいて寝こんだデュオに、ヒイロは何が食べたいかきいた。 だから素直に風邪と言えばリンゴ! 愛しいヒトが剥いてくれたリンゴ!! と騒ぐデュオに、騒がしさからか一瞬眉を潜めたヒイロだったが、何も言わずにリンゴを買ってきた。 そして剥いてーと強請るデュオに言われるままにリンゴの皮を剥いてくれたのだが…。 「さんきゅーな!ヒイロ!」 嬉しそうに笑ってリンゴのお皿を受けとるデュオ。 そのデュオにヒイロの顔つきも柔らかなものへと変化して。 「って…アレ?ヒイロ?なんかフォークとか、ねぇの?」 「手で食べろ。」 「でも手汚れたらベットから降りて洗いにいかなくちゃいけないじゃん。」 ふりふりと手を振るデュオ。 ヒイロはそうか。と小さくつぶやくと、剥いたりんごを手にとった。 親指と人さし指でつまんで、デュオの口元へと無言で持っていく。 そのヒイロにデュオが瞳を見開いた。 「って何?食べさせてくれんの?ヒイロが?」 心底驚いたようにデュオが言う。 すんっと鼻を啜って、デュオが笑った。 ヒイロは無言でリンゴでデュオの唇に触れる。 果物独特の甘い汁おぺろりとデュオは舐めて、そのままリンゴを口に含んだ。 「んーv甘いv」 嬉しそうに美味しそうに、デュオはそのリンゴを食べた。 満面の笑みでりんごをしゃりしゃりと食べて。 静かなあたりにデュオがリンゴを噛む音だけが響いて。 もうひとつ。ヒイロはリンゴを摘むと、デュオの口元へと持っていく。 「んっ…。」 再びリンゴを口に咥えて、デュオはそれを食べた。 鼻が詰まって息苦しいのか、僅かに眉を寄せて。 それでも美味しそうに笑顔で食べるデュオ。 「美味しそうだな。」 「うん。美味いぜ?ヒイロも食えよ。」 「そうか。」 ヒイロは今度は自分の口にリンゴを運んだ。 甘い果物。 しゃりっといい歯ごたえがして、口の中に広がる甘味。 なるほど。 「悪くは無い。」 「だろ?な、ヒイロ、もいっこくれ。」 ひょいっと顎でリンゴを刺して、デュオが笑う。 唇についたリンゴの汁を舐めたのか、デュオの唇がてらてらとひかっていた。 それにふっと…身体の芯が熱く燻る。 しかしデュオは一応病人である。 ヒイロはその感情には気がつかなかったことにして、もうひとつ、りんごを摘んだ。 そしてデュオの唇にそれを運ぶ。 「ン…。」 しゃり。 響く音。 ぴちゃり。 ヒイロの指を舐めるデュオ。 赤い舌が、ちろりと。 覗いて。 「あははは。ヒイロの指、リンゴの味がする。」 唇をてらてらとさせたまま笑うデュオ。 じんわりと指先に残ったデュオの口内の温度。 じんじんとその熱が指先から伝わる。 それに身体の奥底で、熱く燻っていた衝動が、じりじりと湧き上がってきて。 ぺろりと。 無意識でデュオの舐めた自分の指先を舐めてみた。 「そうか?俺にはお前の味がするようにしか感じない。」 「………っ!!」 とたんに真っ赤に染まるデュオの顔。 それは熱のせいじゃなくて。 耳まで真っ赤になって、ふるふると肩を震わせて。 「舐めるな!ばか!」 ばすんっと枕を投げつけられる。 その枕をぽいっとベットの外に投げると、ヒイロは持っていたリンゴのお皿をサイドテーブルに置いた。 真剣なヒイロの瞳に、デュオの顔が僅かにひきつる。 「ひ、ヒイロさん…?お前、もしかして…。」 「誘ったのはお前だ。」 「待て待て待て!俺は病人だぞ!?」 「少しは汗をかいた方が熱も下がる。」 「待て!なんか間違ってる!!」 じりじりと近付いてくるヒイロから、逃げるようにデュオもじりじりと後ろに下がって。 それでも限界はあるもので、ベットの端で壁に背中が当たった。 「風邪がうつるぞ!?」 「大丈夫だ。」 「何が大丈夫なんだ!?」 「俺は風邪なんてひかない。」 言われて納得してしまう。 それ程ヒイロは病気とは程遠いような気がして。 デュオはあわわわと焦ると、布団を握り締めた。 すっと伸ばされたヒイロの指。 それが頬にふれそうになって、ぎゅっと瞳を閉じた。 と。―――――その時。 「冗談だ。早く寝ろ。」 聞こえてきた声に、そろりと瞳をあければ、さっさとベットからおりようとしていたヒイロの背中がみえた。 リンゴのお皿を持って立ち上がるヒイロ。 それにほっと胸を撫で下ろして、そしてどこか溜息をついて。 安心した。と思ったと同時に、少し残念だと思ってしまった。 そんな自分に気がついて、改めて耳まで熱くなる。 そんなデュオに微笑すると、ヒイロは部屋の出口でくるりと振りかえる。 そしてまだ真っ赤になって固まっているデュオをちらりと見ると、 「はやくなおさないと襲うぞ。我慢にも限界がある。」 そう言い残してぱたんと扉を閉じた。 残されたのはあんぐりと口を開けたデュオ。 驚きすぎて声が出ない。 「…俺、熱で夢見てんのか?」 ふらふらっとしてきて、ぱたんっとふとんにつっぷした。 「あんなの、ヒイロのセリフじゃねぇ〜〜〜。」 夢だとしたら願望か? 「ああもう。どっちにしても最低だ…。」 もそもそと布団の中に潜りこんで、口の中にまだ残っているりんごの味に頬を緩めた。 甘い甘いリンゴ。 ヒイロの剥いてくれたリンゴは特別美味しかった気がする。 なんだか混乱する頭に思考回路がおかしいけれど。 取り合えずはやく風邪をなおそう。 そう思ったらだんだんと眠くなってきて。 たれそうになった鼻をもう1度すんっと啜る。 最後にふあっと小さく欠伸を漏らして、うつらうつらと夢の世界ヘ。 +++あとがき ドクター? 早く風邪なおさないと襲ってくるらしいです。 Dr ヒイロは(笑) お約束なネタですね(苦笑) リンゴを食べる描写はもっと色っぽく書きたかったな。 2004/05 天野まこと |