注意:この小説は死にネタです。
ヒイロかデュオかどちらか一方が一方をおいていってしまうのは嫌って方。
残されたほうが可哀想なのは嫌って言う方。
読まずに戻ってください。
朝目が覚めたら、頬が濡れていた。 べたべたしてすごく不快で。 あの時の夢を見たのは久しぶりだ。
記憶の中のヒイロは、ただずっと黙っている。 ただ穏やかに、笑って。 あんな笑顔、みたことなかった。 あの、最期の瞬間まで。 『お前に会えてよかった。』 声はなかった。 ただ、唇がそう動いただけ。 そういやずっと昔、まだガンダムに乗っていた頃、俺の口の動きをヒイロが読んだときがあった。今思えばそれとは逆の立場だった。 身体に無理をして、ガンダムパイロットとしての教育を受けてきた俺たち。 なかでもヒイロは特別ハードな教育を受けてきていたらしいってのは、ガンダムに乗っていた頃のアイツを知っている奴なら誰だってわかっていた。 5人の中で、抜きん出た身体能力。 完璧なほどの思考回路。 任務のためなら死さえ戸惑わずに受け入れるヒイロ。 あの頃はソレが不思議で、悲しくて、辛かった。 そんなヒイロを見ているのが辛かった。 その時は驚くほど静かに、やってきた。 もともと二人とも長生きなんてできないとわかっていたし、死んでも天国になんていけないと思っていたし。 だから二人、食事のときに話したことがあった。 『だーかーらー、おれら、どっちが先に死ぬかな?』 『………さぁな。』 『俺が死んだら、お前は泣く?』 『……わからない。』 『とかいってる傍から、お前顔色悪いし。』 『お前は俺が死んだらどうする?』 『笑っててやるよ。お前が安心して逝けるように。』 『そうか。』 『どーでもいいけど、お前俺の後追うなよ?』 『………。』 『ヒイロ。無言が怖いって…。』 『お前も追うなよ。』 『俺が追いそうに見える?』 『見えん。だから安心だな。』 そうだ。 約束した。 ヒイロの後は、追わない。 お前が逝く時、俺、笑ってたつもりだったんだけど。 お前は穏やかに笑って、俺の前髪をヒトフサつかんで。 『ホラ…お前はまたそうやって、無理矢理笑顔を作る。』 かなわねぇよ。 かなうわけねぇよ。 お前に俺がかったことなんてかった。 最後まで俺はお前に敵わなくて。 あの朝は珍しく二人して家を出る時間が一緒だった。 だから二人、珍しく並んで歩いて、朝早いから誰もいないよと手をつないで。 ソレが俺にはすごく恥ずかしかったけど、なんかもーどーでもいいーやって気がして、なんだか暖かなヒイロの手に、笑ってた。 いつも冷たいヒイロの手が暖かかったことに、なんの異変も感じずに。 笑って駅でサヨナラして…ふっと電車に乗り込もうと思ったら、なんとなく、振り返りたくなって。 振り返ったらヒイロはまだつったったまんまだった。 ただ穏やかに、笑ってた。 今まで見たことない、笑顔だった。 静かな、波のような、笑顔。 きっとカメラがあったら構えてた…と思うけれども、そのヒイロの笑顔に惹きつけられて固まってたからソレも無理だったかもしれない。 連絡を受けたのはそれから5時間後。 仕事も何もほっぽりなげて、そのまま病院に駆け込んだ。 そこでは泣いているお嬢さんや、カトルや、ただ黙ったままのトロワや、俺から視線を逸らしたウーフェイがいて。 カトルのお姉さんと、ノインが話していて…なんだかやべぇって、体中の血液が波打った。 本当にそんなこと、さっきまで全然予想もしていなかったんだ。 『薬が効かなくなってたなんて…気がつかなかったわ。』 わけがわかんねぇ。 『こんな身体で、誰にも気がつかれないようにしていたなんて…。』 わけがわかんねぇって。 『デュオ、あなたにも知られないようにしていたんでしょう?』 そんなことより、一体どうなってるんだ? ヒイロは死ぬのか? 『彼に薬を渡すようになって約半年。一体いつから効かなくなってたっていうの?』 …ちょっとまてよ。 半年?ヒイロの体に異変が起きていたのは半年も前からなのか? じゃあ俺がどっちが先に死ぬだの、追いかけるなだの、そんな会話を持ちかけたときから、ヒイロが死に向かっていたのはヒイロ自身知っていたって言うのか? 『ヒイロ!!』 『デュオ!』 がたんっと音がして、ベットの上のヒイロに掴みかかる。 そんな俺をカトルとノインが抑えようとしてきたけれども、振り払った。 『ヒイロ待てよ!てめぇっ…!』 『笑う…ん…じゃ、なかったのか?』 『バカなこといってんな!!』 『………………。』 ヒイロは穏やかに笑って、そして口を動かす。 頭に上った血が一気に冷めた。 冷めたと同時に涙があふれそうで。 消えてしまうのを止めようのない、ヒイロの命の灯火。 こんな時に、何いってんだ…てめぇは…。 『お前に会えてよかった。』 ヒイロ。 ヒイロ。 ヒイロ。 ヒイロ。 頭の中はヒイロの名前でいっぱいで、こんな時になんて言ってやっていいのかわからなくて、ただただ、約束、ヒイロとの約束だけが頭を回って、笑顔を作った。 笑ってやる。 お前が安心するように、笑ってやる。 『ホラ…お前はまたそうやって、無理矢理笑顔を作る。』 ばかやろう…。 お前こそこんなときばかり、俺のこと気にしてる場合かよ。 そんなこと、心配してんじゃねぇよ。 そんな言葉、最期の言葉にしてんじゃねぇよ。 記憶の中のヒイロはその時の穏やかな笑顔のまま。 真っ先に浮かぶのはその笑顔。 知り合ってから、ずっと、そんな笑顔みたことなかったのに。 もっともっと考えてみれば、初めて会ったときの鋭い眼光とか、眉間に寄せた皺だとか、ばかみたいに自信満々な顔だとか、そういうのもちゃんと思い出すんだけれど。 でも真っ先に浮かぶのはあの笑顔。 そしてあの、俺にだけ、聞こえた言葉。 お前に会えてよかった。 ヒイロ。 俺も。 俺も、伝えられなかったけど。 涙で濡れた頬に水をぱしゃりとかけて。 鏡に映った自分の顔に苦笑する。 あまりにもヒドイ顔。 無理ににっと笑うと、頬の筋肉が痛かった。 「くそっ…。」 カトルの用意してくれた黒いネクタイに黒い喪服。 みるだけで吐き気がした。 「お前がいなくなってから、もう1年だよ。」 短くなった髪を簡単に整えて、白いシャツの袖に腕を通す。 「あとどれくらい、お前がいないときを過ごせば俺は赦される?」 締めたネクタイが、まるで重石のように重たかった。 +++あとがき すみません。 絶対に書かないと密かに誓っていた死にネタだったのですが 書いてしまいました… 苦手な方、ごめんなさい。 私の死にネタに対する考え方は、TALKで語ったときのまま かわってはいないのですが。 2004/09 天野まこと |