+++ お題30:And that's all ...?



『誰よりもあこがれてきていた君達だから。』

数ヶ月前にカトルにいわれた言葉を思い出す。
鏡に映った自分は情けないほどに真っ赤で、顔が緩んでいてしまりがなかった。
きりっとした表情を作ってみても、やっぱり自然と顔が笑ってしまう。
大体自分にこういう格好が似合うとは思っていなかったのだが、みてみればなんとなく…まんざらでもないんじゃないかと自分で思ってしまう…あたりすでに頭が沸いてんのかもしれない。

何色よりも好んでいた黒。
それは闇夜に溶け込む死神の色。
自分にかけた罪の色。
まとうとき、自分は死神だった。
罪を忘れないために、罪の重さを背負うために、身にまとっていた色。
気がついたら何色よりも自分に似合う色だと思ってた。
何色よりも好きな色。

『白のほうがいいんじゃないですか?』

カトルに苦笑されたけれど、俺は笑った。
笑って黒をとる。

『俺にはこの色が似合うし。トレードマークだし?』
『でも折角なのに…。』
『ってかヒイロの髪と同じ色だから。』

笑った俺に、カトルの顔も破顔する。
にっこりと笑ったカトルのその笑顔に、おれは益々恥ずかしくなって。
カーッと顔が熱くなったのがわかった。
こんなことがなきゃ、きっと一生他人の前で口にしなかったと思う。

こんこんとドアが叩かれて、俺はぱっと顔を上げた。
緩む頬を両手で軽く叩くと、そのまま口を開く。
活を入れたところで顔はたぶん緩みっぱなしだったとは思うけれど。

「おう。」
「入りますよ。デュオ。そろそろ…。」

扉をあけてはいってきたカトルが一瞬、目を見開いて。
次の瞬間花のように笑った。













「お前はこういうのを嫌うかと思っていた。」

言われて顔を上げてみれば、そこではトロワがゆったりと壁に凭れ掛かっていた。
そのトロワに苦笑して、そのまま白を手にとってゆったりと袖を通す。
冷たいその感触。
少し堅苦しい服に、そのまま腕を通して。
仕事柄こういう堅い服は何度か着たけれど、着ることで緊張することなんてなかった。
というか緊張なんて今までしたことなかった。

「…カトルが折角用意してくれたからな。」
「あいつは誰よりも、お前達の幸せを望んでいた。普段からな。」
「………そしてあいつも望んでいたから………。しょうがないだろう。あいつが喜ぶなら。」
「デュオは嫌がってたがな。」
「本心だと思うか?」
「照れ隠しだろう。」
「だから着る。」

とんっと…トロワが壁に後頭部を押し当てた。
その音に振り返ると、トロワの意味深な笑み。

「何も変わらないと思うが。」
「けじめだろう。コレがアイツの心に安らぎと安心を与えるのならば、意味はある。」
「変わったな。ヒイロ。」
「あいつが変えた。」
「………変わりすぎだと思うが。」

少し驚くトロワに、自分だって驚いているのだとだけ告げて、そのまま服のボタンをとめた。
きりっと着こんで鏡をのぞく。
みたことない自分がいた。
真っ白いソレは、確かデュオと対象の筈だ。
黒を着るといった俺に、あいつは『お前は白!!』といってきかなかった。
どうやらあいつの中にある俺のイメージカラーらしい。
眩しいからソレを着ろといわれた。

だが俺からしてみれば、眩しいのはお前のほうなのだが。

俺がアイツに手をさし伸ばしたとき。
あいつは俺が眩しかったという。
真っ白い世界の中で、俺が手をさし伸ばしたのだと。

「ヒイロ。そろそろ…。」

腕時計を覗き込むトロワに軽く頷く。
カツっと足音が響いて、俺は再び鏡を見た。

見慣れない自分。
僅かに自分の手が震えていることに気がついて、ふっと…その手を握り締める。
ありえない。今までなかったこと。
あいつと暮らし始めて初めて。
あいつを腕に抱いたときの震えに似ていた。
一緒に暮らす前から何度か体を重ねたことはあったのに、それでも一緒に暮らし始めて最初の夜はなんだかそれまでとは違っていた。
あの震えがなんだったのか、あの時はわからなかったけれど。
今なら少しわかるかもしれない。

おそらく自分は―――。

「ヒイロ。」
「あ…あぁ。今行く。」

扉を開けた向こうが、眩しかった。
導かれる先で、あいつをまたなければならない。
どうせ今回も遅刻するのだろう。
あいつのことだから。
それを待つのも、もう慣れたが。





『誰よりも家庭というものにあこがれていた君達だから。だから………。』





ふっとカトルの言葉を思い出す。
最初にこの話を持ってきたのはカトルだった。
驚いて嫌がる真っ赤なデュオを見ていて、俺は承諾した。
いつもいつも俺とリリーナの記事を見て、不安気な瞳でいるデュオ。
あいつの不安が少しでも和らぐのなら。
俺はこれを選んで正解だったのだと思う。

真っ赤な絨毯の先で、走ってくるのであろう人物を待つ。
神聖なその場所は、二人にはとても不釣合いだった。

そっと目を閉じる。
音が頭の中に響いた。
デュオの。音。

もう少し。

遅れたことを謝るあいつに、俺はまた―――手をさし伸ばすのだろう。




2004/09 天野まこと




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