+++ 桃缶



「ヒイロお前風邪ひいたんだって〜?」

ばたんっと大きく音が響いたと思ったら、ソレに負けないくらい大きな声が響いて。
ヒイロはずきずきと痛む頭を指で押さえた。
文句を言おうと口を開きかけて…やめる。
ここで言い合いになることはわかりきったことであり、今この状況では自分は損をするばかりだ。
なぜなら喉が痛いから。

イガイガ、ズキズキ。

つばを飲み込むだけでもかなり痛い。

「カトルに聞いたんだけどさー。」

もう少し静かに扉をあけろとか。
もう少し小さな声で話せとか。

言いたいことはたくさんあったのだけれども。

「仕事があるから看病かわってくれって……ってあれ?いつもみたいな返事がない――――ってことはマジ?」

ばたばたと足音が響く。

ああ――――本当に。煩い。

さっきまでの静寂が嘘のようだ。
たった一人の人間の訪問によって。
誰だコイツに合鍵を渡したのは。などと口の中で文句を言うが、それは紛れもなく自分で。
合鍵を寄こさないと鍵を壊す。
と笑顔で言われて渡したのだった。
毎度毎度、昔取ったきねづか。鍵を簡単に開けてしまうデュオに、せめてソレは寄せと。

「ひーろー?」

こんこんと寝室の扉がノックされて、返事をする前にその扉は開かれる。
それももちろんわかりきったことではあった。

「うわ。マジで寝込んでる。」
「熱…があるからな。」
「うわっ…めちゃくちゃ声が違う。」
「煩い…あっちに行け。」
「無理してしゃべんなよ。」

がさがさとデュオの抱えた袋の音が響く。
なにやら色々と買い込んできたらしい。
それもいつものことといえばいつものことだ。
合鍵を手に入れてからというもの、デュオはよくヒイロの家に遊びに来るようになった。
もちろん手土産と言っては、お酒やらつまみやら、本やらを買い込んで。
というか、デュオの私物も買い込んで。
ビールの缶にご丁寧に「デュオ・マックスウェル」と書いてあるので、手土産ともいえないかもしれないが。
気がついたら洗面所にはデュオの歯ブラシがあるし、風呂場にはシャンプーがあるし、タンスの一段はデュオの着替えで埋まっている。もちろんデュオ専用のマグカップだって、きちんと食器棚に置かれているのだ。

正直どこが一人暮らしなのだろうかと思うくらいだった。

別に文句は言わないが、どうせならいっそ一緒に暮らせばいいとヒイロが行った時、デュオは真顔で嫌だと言った。
縛られるのも、縛るのも好きではないし、ここは自分の帰る場所ではないからと。
そういったときのデュオの言葉が…正直ヒイロにはショックだったのだ。
言われたときは特に何も思わなかったが、その言葉が頭を離れなくて胸の奥はもやもやするし、なんだかどこか悔しい気がするからおそらくショックだったのだろうと後で気がついた。
それがまたどこか悔しくて、デュオにはあれ以来それについては言っていない。

「しょうがねェなぁ。薬は飲んだのか?」
「…い。」
「めちゃくちゃ顔真っ赤だし。」
「……さ…い。」

声が出ない。
ガンガンと頭に響くのは、デュオの声。

そして突然額に冷たいものを感じて、目を開ければ、目の前にデュオの手が見えた。
冷たい、冷たい、デュオの手。
いつもなら暖かなソレが冷たく感じて。

「あちぃ…熱、そうとう高いな。まってろ…今…。」

離れようとした、その手を掴んだ。
熱い熱い、手のひらに感じる、デュオの冷たくて細い手首。

「何?ヒイロ?なんか食いたいもんでもあるのか?」
「煩い…とさっきから…。帰れ。」
「んだよ。お前一人でどうすんだよ。そんなんじゃ薬一つとりにいけねェじゃん。さっきリビングのテーブルに乗ってたぜ?」

ヒイロの言葉に、デュオが唇を尖らせた。
思い切り不服そうなデュオの顔に、ヒイロはため息をつく。
ついたため息もまた、熱くて。

頭が痛い。

ガンガンと響いて。

自分でもわかってる。

かなりの高熱だってこと。

関節のあちこちは痛いし、喉は痛いし、身体はだるい。
首も耳の下ももちろん痛い。
腕を上げることだってやっとだ。

「うつる。」



「は?」



「帰れ。」



「は?」



デュオの顔が一瞬あっけにとられたような顔になって……次の瞬間、噴出すように笑い出した。
あはははははは。と大声で笑うデュオに、益々頭は痛くなって。
人が心配して言ってやってるのに、笑うとは…と文句を言おうとして止める。
喉が痛くて、このバカと言い合うのがいい加減嫌になってきたのだ。

「てめっ…人の手首掴んでそりゃねェだろーが!」

言われてはっと気がついて。
再び益々頭が痛くなる。

どうかしてる。

熱でヤラレテルとしか思えない。

デュオの言うとおりだ。

言ってることと、やってることと、違いすぎて。

「桃缶かってきたからそれ今もってくるよ。やっぱ風邪といえば桃缶だろっ♪」

もう何も言う気にならなかった。
大人しくこの目の前で笑をこらえているデュオの言うなりになるしかないのだ。

「てかさ。ヒイロ。」

汗ばむ額に乗っていた、ぬれたおるがずるりと落ちて。
それをデュオは拾い上げると、サイドテーブルに置かれた洗面器のなかの水にタオルを浸す。
そしてばしゃりと音がして。

「この水も替えないと、ぬるいな。カトルがやったままなんだろ?」

ぎゅっと絞られたタオルが再び、ヒイロの額に乗せられた。
そしてそのタオルの上から、デュオの手のひらが押し当てられる。





「こうやって誰かの看病をするのも、したいと思ったのも、初めてなんだぜ?」





冷たいタオル。
押し当てられた手。
額に押し当てられたタオルは、瞼の上にもかかってて。
目を開けようとしたけれどもできなかった。

「だから―――――さ。大人しくされてくれって。」

耳に響く、静かな静かな低い声。
聞いたこともない、デュオの優しい声音。

とくんと。小さく胸が鳴って。

「でゅ…お?」

ずるりとタオルが落ちて、視界がクリアになる。
視界の端で、扉が閉まるのが見えた。








あとがき
風邪引きヒイロさん。
風邪引きネタってすきなんです。
病気になると素直になれるし、相手も優しくなるから。
通勤途中に、きっとデュオは今まで誰かの看病とかしたことなかったんだろうなぁ
って思ったら、ちょっとうるっときた…(笑)
看病をしたいと思ったのも、きっと初めてだよ。
相手の辛さをやわらげてあげたいって。思ったのってさ!

私の中のデュオはそんな感じです。
死神のときはそういう人とのかかわりに一線を引いていたので
冷たかったんじゃないかなって。勝手に思っておりますです〜。

2005/03/28 天野まこと



→戻る