「君がいなかったから心配していたんです。」
「そうか。それはすまないことをした。」
「だってあなたがリリーナさんのいる公式の場にいないことなんて、今までなかったじゃないですか?」
「………そんなに…おれはいつもリリーナと一緒だったか?」
「…デュオが不安になる気持ちもわかりますよ。」
「そうか…。」
「だからこんな風に書かれるんですよ。」

モニターの向こう側で、カトルが1冊の雑誌を軽く振った。
見慣れたその雑誌のタイトルに、吐き気すら覚える。

「リリーナ外務次官のナイト、ショックのあまり失踪――――。身分違いの恋の行方は―――ですって。」
「雑誌なんてあてにならないものだ。」
「まぁ、そんなことは十分わかっていますけれども。」
「特に、その雑誌はな。」

ほんの数日前まで一人のカメラマンについて執拗に書いていた雑誌だ。

デュオが失踪して1週間――――。

失踪した日から3日後、この雑誌にデュオの名前が載ることはなくなった。





 +++ 光 3 





ほんの数日前、リリーナが笑いながら言った。
確か雑誌にデュオの名前が載らなくなる前日だ。
その時の彼女の笑顔を、自分は一生忘れないと思った。

『これは…私からあなたへの、最初で最後のプレゼントです。』

見せてくれたリングの意味を、理解するのに数秒もいらなかった。
どう考えてもただのリングではない。
解雇を宣告された後にだされたリング。
彼女はソレを左手の薬指に嵌めて、ゆったりと笑った。

『ヒイロ。あなたは…いえ。あなた達は。幸せになるべきです。もうそろそろ、自分達を解放してあげて?』

彼女は自分にとって大切な存在だった。
唯一無二の存在だった。
彼女の言葉が、いつも自分の背中を後押しする。
そういう意味では特別な存在だ。
彼女がいなければ、今の自分はいなかっただろう。

『いいのか?』

聞いた自分に彼女は微かに苦笑して、指輪を嵌めた小さなその手を俺の手に重ねた。
その手の震えに、彼女が何も言わないから、自分も気がつかないフリをして。

『わたくしも、幸せになるから。』

笑う彼女の手を握り返すことで、礼にかえた。
余計なことは何もいわないほうがいいと思ったから。
彼女の好意を無駄にしたくはない。





「リリーナさんが?」
「あぁ。」

モニターの向こうでカトルが笑う。
彼にもいつも大事なことを気づかせてもらっている。
今思えば…あの日々で知り合った人たち、学んだコト、すべてが今の自分をつくってくれている。

「あいつがいなくなって、俺は世界に色があることを思い出した。あいつがいなくなって、何もかもが色を失った。モノクロの世界は、今の俺には辛い。」

「場所は…わかっているんですか?」
「………俺を誰だと思っているんだ?」

適当に必要最低限の荷物だけを詰め込んだバックを持って、モニターの向こうを見れば、カトルが驚いたように目を見開いた後にゆったりと笑うのが見えた。

「追いかけっこは、慣れている。」
「そう言えば、あの日デュオの居場所を見つけたのもあなたでしたね。」

ガンダムを壊した後、ガンダムパイロットの誰にも告げずに姿をくらましたデュオ。
あれだけ俺の中にズガズガ入り込んできておいて、いい加減なことをするなと文句言ってやろうと思って探したのがきっかけだった。

探すのが大変だったと文句を言った俺にあいつは、心底驚いたような顔をした後、観念したように苦笑して、両腕をあげたのを今でも覚えている。
カトルも、トロワも、ウーフェイも。変える場所があるのが羨ましいと、先に言ったのもあいつだ。だから俺は一緒に暮らさないかと持ちかけたのだから。

「カトル。」
「あ…ごめんなさい。そろそろ行きますよね?もし必要でしたらウィナーの名を…。」
「いや。有難いが遠慮しておく。」
「……そうですか。でも。本当に困ったときは使ってくださってかまいません。いえ、使って欲しいんです。僕もデュオが心配だと思う気持ちと同じくらい、アナタも心配ですから。」
「感謝する。」

鞄を脇において、ジャケットを羽織って。
もうすぐ春になるけれどもまだ夜は寒いから、少し厚着が必要そうだったから。
モニターを切ろうともう一度画面を見れば、カトルが深刻な顔で俯いていたので、まだ切らずにカトルの言葉を待った。

「デュオにあったら…。」
「………。」
「………いい加減にしろって。怒っておいてください。」
「勿論だ。」

カトルの言いたいことがわかった。
いい加減、一人で抱えるなってことだろう。
それは俺も言いたい。俺達はもう2人で一緒の道を歩み始めたのだ。
なのに、デュオはいつも一人で抱えるから。
いい加減にしろと。俺も言いたいことだった。

モニターの画面を切って。
鞄を抱えて。

部屋の鍵をとろうとして…部屋を見渡した瞬間、目に飛び込んできたもの。
カメラ。
デュオの大切な、カメラだ。

「……馬鹿が。」

家を出るにしろ、失踪するにしろ、コレをおいていくな。
お前の第2の人生だろう?
命にも代えがたいものだと言っていたのはお前だろう?

この世のすべてを映し出す、お前の心を映し出してくれる、大切な物だろう?

それを捨ててまで、お前は何を求めた?

一人で。



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2006/3/24 天野まこと



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