「いてぇっ…!!」 噛みつかれた唇から血の味がして、デュオはおもいきり眉を寄せる。 圧し掛かってきたヒイロの肩に手を押し当てると 思い切り強く押すが、そんな力ではヒイロはビクリともしない 「ヒイロっ!ばかっ…!何っ…!!」 騒ごうとした唇を再び塞がれる。 噛み付くようながっつくようなそのキスは、久しぶりだった。 まだお互いの気持ちがわからなかった時の どうしようもないがむしゃらな行為の時にそれはよくあったけれども。 最近はまるで壊れ物を扱うように 優しく、丁寧に。 自分を扱っていたヒイロだったが、今夜は違っていた。 ギシリと二人の重みで軋むベット。 ガタンっと大きく音がして、ベットの上にあったスーツケースが落ちたのがわかった。 足元に散乱する衣服や簡単な身の周りのもの。 ベットから半身ズリ落ちた足にそれらは絡まってうっとおしい。 「ヒイロっ!!」 やっと唇を解放したヒイロの顔を見る。 見た瞬間―――ぞくりと背中が粟立った。
どうしてこんなことになったのかも、デュオにはイマイチよくわからなかった。 ただ来週から少しロケが遠いところであるので、そのための身支度をしていただけだったのだ。 1週間もあるから一応それなりに荷物は多く、スーツケースにそれらを詰めていた時、突然ヒイロが部屋に入ってきた。 ヒイロが帰ってくるのはもっと後だと思っていたから、突然のヒイロの帰宅に確かにデュオはびっくりしたのだけれども。 それでもにまっといつもみたいに笑って、 「おーおかえり。はやかったな。」 そう言った瞬間押し倒されていたのだ。 幸いスーツケースをベットにのせて荷造りをしていたため、そのまま押し倒されてもふたりはベットに崩れこんだだけだったが…それでも中途半端なその開始はデュオの半身をまだベットの外に残していて…デュオとしては中途半端なその体勢が辛かった。 いや、問題はソコじゃない。 何故突然押し倒されているのかということ。 文句を言う前に唇に噛み付かれて、服の下に手を入れられて。 何を言ってもヒイロは返事をしない。 噛みつかれた唇から血の味がして、それじゃあキスじゃないじゃねぇかと文句を言ってもなにも返事はなく。 だんだんと怒りが込み上げてきて、怒りながらヒイロの名前を呼んだ時だった。 自分の瞳が捕らえたヒイロの表情は。 あのヒイロからは想像もつかないくらいに、恐い―――瞳だった。 昔出会った頃に、銃を向けられた時でさえこんな瞳はされなかった。 こんなヒイロの瞳は見た事がなくて、ぞくりと背中が粟立ち鳥肌がたった。 今まで幾多の修羅場をくぐってきていたけれども…こんな恐怖を感じたことはないかもしれない。 それくらいに恐い、ヒイロの表情。 「ヒイ…ロ…?」 ひゅっと喉の奥で音がして、小刻みに唇が震えた。 元、エージェントとは思えないくらい、今のデュオは怯えていた。 突然のヒイロの変化に、戸惑いと怯えが隠せない。 デュオを組み敷くヒイロの腕は強いし、こう相手に瞳で負けてしまったら力も入らない。 「ヒイロ?なんだよ…なんか言えよ…。」 服の下に滑り込んできて、身体を撫でるヒイロのてのひら。 まるでいつものヒイロじゃないみたいだった。 「わけわかんねぇよ…突然、なんなんだよ?」 こんな気持ちのまま感じる筈なんてなくて。 「ヒイロっ!答えろって!!」 ぐいっと肩を押すと、ただただ行為のみをつづけようとしていたヒイロが顔を上げた。 そこでまたデュオははっと息を呑む。 そして再び身体が震えるのを感じた。 「……ヒイロ?なんだよ…。」 ヒイロの肩に押し当てていた手が、ぽとりと…落ちた。 「泣きたいのはこっちだっての…。」 わけがわからなくてくしゃりと前髪をかきあげる。 ヒイロはぽすんとデュオの胸元に顔を埋めた。 ソレを戸惑いながらも、デュオは受けとめてやる。 ヒイロの漆黒の髪に指を絡めると、その頭を軽く撫でてやる。 「ずりぃよ…お前………。」 ヒイロの今にも泣きそうな顔が忘れられない。 こんな顔を見たのも久しぶりだった。 戦争終結直後、夜中に飛び起きてはよく見せていた顔だった。 最近はそれをすることもなくなっていたというのに………。 「お前が……でて…いこうとするから…。」 ぽそりと小さく…ヒイロの声が聞こえた気がして…しかもその内容にデュオは瞳を見開く。 「は?」 聞き間違えでなければ、ヒイロは何か勘違いしているらしい。 「出ていく?誰が?俺が!?なんで!?」 ぐいっとヒイロの両頬を掴むとデュオは自分に向けさせた。 幼いころの夢を見たのか、それともあの戦争の日々の夢を見たのか、あの頃飛び起きてはデュオに見せていた不安定なヒイロの瞳が、そこにはあった。 あの頃よく笑ってやって、手を握ってやって。 何時の間にかみせなくなったヒイロのその瞳が、そこにはまたあったのだ。 「ヒイロ…お前なんで…また…そんな…。」 言葉を飲み込む。 きっとヒイロは自分が今どんな瞳をしているのか知らないのだろうから。 あの頃も黙っていてやったそのことを、今もまだ言う気は無くて飲み込む。 「お前が…でていくんだろう?その荷物…。」 「でていかねーよ!コレは、来週から仕事で出るから、その仕度だって!!」 床に散乱した荷物をびしっと指さす。 デュオの言葉にヒイロは瞳を丸くすると…じっとそれらの散乱した荷物を見た。 交互にデュオの顔もみて、ふっと溜息をつく。 「そうか…。」 「おいおい、『そうか』で終わりかよ!?俺はお前の勘違いで襲われたんだぞ!?」 「すまない。」 「つうかなんで勘違いしたのかくらい教えろ!!」 デュオの上に乗っていたヒイロがそのままぽすんとデュオの横に倒れこむ。 そのヒイロを覗き込むと、デュオはヒイロの瞳をチラリと見た。 もうあの不安定な光は消えていた。 「…昔、お前が…『1ヶ所に居続けるのは性に合わない』って言っていたから…。もうここにいるのが飽きたからでていくんだと思った。」 「そんな昔のことで!?」 「つい2,3日前、『そろそろ場所かえるかな…。』って呟いてた。その時は対して何も思わなかったんだが…お前が荷造りしてるのを見たらそれらを思い出して…。」 「アレはっ…ロケ先だっつうの!!」 思いきり怒鳴って、肺のなかからすべてを吐き出すみたいに大きく息を吐いて。 なんだかどっと疲れて、泣きたい気持ちになる。 「…昔、お前が一緒にすもうって…いってくれたじゃん?俺、ヒイロにはあまり好かれてないと思ってたから…すっげぇ嬉しかったんだけど。でも…お前が俺に飽きたら、お前にとって俺が重くならないように…自分の逃げ道をつくっといたんだよ…。」 『カトルもトロワもいいなぁ。帰る場所があるってのは。ウーフェイまでちゃっかりみつけてやがるし。俺もお前も辛いよなーヒイロ。どうせならあぶれたもの同士、一緒に探そうぜ?』 いつもみたいに軽く笑いながら言った俺に、ヒイロは真剣な瞳で返事をかえしてきた。 『…一緒に住まないか?デュオ。』 『…は?』 『俺はお前に抱くこの感情の意味がよくわからない。それは昔から…今も変わらずだ。だが…。』 『ヒイロ?』 『一緒にいたいと思った。』 嬉しかった。 嬉しかったのだ。 あの戦争の日々の中で、デュオにとってヒイロはかけがえのない愛しい人だったから。 離れるのが淋しくて。 ヒイロはカトルやトロワと違い、また会いましょう。でいつでも会える補償なんてない奴だったから。 いくら肌を重ねて、一緒の夜を過ごしたことがあっても。 そこにヒイロの気持ちが合ったかはよくわからなかったから。 ただのあの日々の中での過ちのようなものだったのかもしれないと、いつも不安が拭えなかったから。 だからヒイロからそう言って貰えた時、デュオは嬉しかったのだ。 だだ…それでもやはり不安は拭えなくて。 そう言ったヒイロの気持ちは確かだとは思うが、それが何年先もそうだとは限らない。 『人を信じること』ができなくなっていたデュオは、『人を信じること』で受ける自分の傷を最小限にする術を身につけていた。 『いいぜ。でも俺は1ヶ所に居続けるのは性に合わないし…。だからお前が俺に飽きたら遠慮せずに言えよ。俺も言う。そしたらでてくから。』 にへらっといつもみたいに笑って、デュオは右手をさしだした。 そのデュオの手をとると、ヒイロは小さく頷いたのだった。 「最初から逃げるな。」 「うるせぇなー…しょうがないだろ。性分なん…。」 「デュオ…。」 「なん…。」 口付けられた。 血の滲む唇をヒイロが舐めると、ぴりっと痛みが走ってデュオは眉を寄せる。 そんなデュオにヒイロはすまなそうに瞳を細める。 「すまない。」 「いいよ…も〜…。」 結局ヒイロの行動は自分を失うと思ってのコトだったらしい。 デュオは少し複雑な気分になりながら笑った。 ヒイロを好きだし、離れたくないと思う。 今のこのヒイロの気持ちはやっぱり凄く嬉しいけれど。 永遠なんてものがあるかと言えばやっぱりそれをまだ信じることなんてできない。 いつかヒイロが自分を失うことになってもとりみださなくなった時 取り乱してくれるヒイロがいたこの幸せを知ってしまった自分は……。 自分は本当にヒイロから離れられるのだろうか? 「デュオ…。」 「んっ…。」 深く深く口付けられた唇。 自分の舌を絡めとるヒイロの舌に答えながら、デュオはヒイロの漆黒の髪を握り締めた。 あとがき 甘くない…甘くないよ!? ヒイロが自分を永遠に好きでいてくれるかはわからなくて不安なデュオ君。 つうか『永遠』を信じられないとか言いながら 自分は結局ヒイロを永遠に好きだと思ってるあたり矛盾しておりますがな…。 なんだか書く前に思っていたものと、書き上げた後変わってしまった…な…。 2004/03 天野まこと |