「そいつは俺のだ。」

チャキっと金属の音が辺りに響いて、男の構えた銃が自分達に向けられる。
ただでさえ薄暗い部屋の中で、男の瞳は鋭く、それでいて静かに光っていて。

「離してもらおうか。」

冷たいその声に、身体が震えた。





 +++危機一髪







「え〜と…ちょっと待ってくれませんかね?」

トンっと肩が後ろの壁に当たったのがわかった。
少し苦笑いした口の端が震える。
顔の横に手をたてられて、壁際に追いつめられて。
逃げ様がないその状況に、デュオはただただ苦笑いするしかなかった。

「なんで?好きなんだろう?こういうの。」
「どこをどう勘違いしてるのか、よくわかんないんですけれど。」
「いつも男好きそうな顔で、俺のこと、見てたでしょ?」
「え〜と。そんなつもりはまったく、全然、なかったんですけど。」

ニヤニヤ目の前で笑う男がキモチワルイ。
いい加減この勘違い野郎を蹴り飛ばしたかったが、いかんせん。
今は善良な(?)1市民。
ただのフリーカメラマン。
目の前の相手はお得意様のマスコミ関係者様で、ここでコイツを蹴りとばしてしまうと後々面倒なことになる。

暫く悩んだ後、デュオは軽く溜息をついた。

「なぁ?デュオ。」
「いい加減にしてくれませんかね?」
「悪くはしないさ。」

悪くも何も、すでに気持ちが悪い。

するっと頬に男の指が触れて、頤を掴まれる。

「この前キスを拒まなかった。」
「あんなのはただの挨拶だろうが!!」
「あれ?そっちが地?」
「そこを退けって。」
「嫌だね。」

男の顔が近付く。
デュオは再び溜息をついた。
そうそう何度も唇を奪われてやる気はさらさらない。
この前は、まぁ頬くらい挨拶みたいなもんだしいっか。とは思ったけれど、大人しくされたらされたで、後々気持ちが悪かった。
やっぱり好きでも無い野郎とするのなんて、気持ち悪い以外のなにものでもないし。
頬であれだけ気持ち悪かったのだ。
唇になんてされたら吐きそうになるかもしれない。

いや、それ以前に、さっきから。

頭の中でチラチラと浮かぶ、ヒイロの顔。

あの日帰ってからヒイロにそのことを話したら、無表情のヒイロの眉が、僅かに動いた。
それだけで楽しくもあったけれど、やっぱりヒイロもあまりいい気分がしなかったらしい。
挨拶みたいなもんだし、と軽く受けてしまったこともあって、胸に僅かに残った罪悪感。
もうあんな罪悪感を感じるのも嫌だ。

「デュオ。」

ふっと男の息が顔にかかる。
気持ちが悪い。

「仕方ねぇなぁ…。」

ぽつりとデュオは呟く。
本当はあんまり、やりたくなかったんだけど。

「退けよ。」
「デュ…。」

俯いていた顔を、上げる。
目の前の男の顔が、驚いたような表情に変化した。

「退け。」

低い自分の声が、辺りに響いた。
昔の自分と同じ、瞳の、自分が、そこにはいるはずで。
こんな風に、殺意をこめた瞳を人に向けることは、もうしないつもりだったけれど。

「っ………!」

男の顔が、変化する。
ひきつった唇に、さっと青くなる顔。
ああ…こんな顔、久しぶりに見たな。

と。

その時。

キイ…っと小さく音がして、アトリエの扉があく。
真っ黒なコートに身を包んだ男が、扉の入口にたっていた。

「ヒイロっ!?」

現れたヒイロに、驚いて声を上げる。
死神の瞳をした自分は、その時、瞬時に消えてしまったんだと思う。

「お前どうしてここにっ…。」

そんな俺の声はそのまま無視して。
ヒイロはコートの内側から、愛用の銃を取り出した。

「そいつは俺のだ。」

チャキっと金属の音が辺りに響いて、男の構えた銃が自分達に向けられる。
薄暗い部屋の中で、ヒイロの冷たく低い声が響いた。

「離してもらおうか。」

向けられた瞳に、背中がゾクリと。



――――――粟立った。





「あーもーどうすんだよ。あれ、俺のお得意さんだぜ?」
「知るか。あんな奴と取引するな。」

こつこつこつ。

二人の足跡が重なって辺りに響く。

「いくらなんでも銃構えるか!?普通!?」

怒りながらも顔が自然と緩んでしまう。
隣を歩くヒイロの耳が、僅かにだけれども紅くて、それがまたおかしくて。

「煩い。どこか…触られたか?」
「…んー別に…んなコトはなかったんだけど…よ。」
「そうか。」

ほっと一息付くヒイロに、デュオは笑った。
心臓はどきどきして、自然と足どりは軽やかになって、何故か楽しくて楽しくて。

「何?心配したワケ?ヒイロ。」
「………お前がこの前の奴とまた会うと言うから、向かえにきただけだ。」
「ふ〜ん………?」

デュオの方をみもしないでさっさと歩くヒイロに、デュオはにへらっと笑って。

「はやく帰るぞ。」
「おう。」

ポケットに手をつっこんだヒイロのポケットに、自分も手を突っ込む。

「狭い。」
「いいじゃねぇかよ。」

狭いポケットの中で、ヒイロの手を掴んで。
緩む顔はそのまま、いつもみたいににへらっと笑って。

「お前以外に触らせる気は、さらさらねぇから。心配すんなって。」
「………。」

ヒイロの手を掴んだデュオの手を、今度はヒイロが握り締め返す。
それにデュオはやっぱりにへらっと笑って。
無口なヒイロの横顔を覗き込むと、ヒイロの耳が僅かに紅くて。
デュオはやっぱり笑わずにいられなかった。





あとがき

前回の続き。
というか前回コレが書きたかったのに、前置きでおわっちゃったんです。
ヒイロに言わせたかったのにかけなかったセリフはコレ

「お前は俺のだ。違うか?」

かきたかったなぁ…。

タイトルが浮かばなかったので、全然危機一髪じゃないんですけれど
これで…スミマセン。

2004/06 天野まこと



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