今思い出しても胸が苦しい。
「キスなんて欲しかったわけじゃない。」
ぽろぽろ、ぽろぽろと、涙が溢れて鼻の奥が痛くなってくる。
500年も昔の話だ。
でも、それでも鮮明にあの瞬間だけは覚えている。
はじめて好きだと言ってくれた。
初めて愛していると言ってくれた。
たった一瞬、触れ合っただけの唇の感触は思い出すことなんて出来なかったけれど、でも唇が触れた瞬間のあの切なさだけは忘れられなかった。
「嫌だって言ったのに。」
「十代目…。」
「君にわかる?腕に抱きしめたからだがどんどんと冷たくなっていくあの怖さ。」
「じゅう…。」
「重たかったその重みがどんどんと軽くなっていって…自分のっ…!!」
呼吸がうまくできない。喉の奥がひゅっと音を立てて、言葉が出なかった。
苦しい苦しい苦しい。鮮明に覚えている。
暖かかった愛しい人の身体が、どんどんと冷たくなっていく感触。
「自分の指の隙間からっ…さらさらとっ…零れ落ちていくっ…!」
「十代目っ…!」
500年前と変わらない呼び方で、身体を強く掻き抱かれる。
あの時と一緒だ。彼がその命の火を消したあの直前の抱擁と。
「怖かった。怖かった!嫌だった!止められない自分の力の無力さにどうしようもなくて、愛しい人を助けることどころか命を奪うことしか出来ないこの呪われた身体が憎くてっ…!!」
「あなたの能力は、素晴らしいものです!」
「こんなチカラいらないっ…!」
「世界でたった一つの能力です。」
「でも大好きな人の命を奪ってしまった。」
「十代目っ!俺がいます!」
「俺が好きなのは君じゃない。獄寺くんだ!獄寺くんだ!!ヴァンパイアのクセして、それを隠して、この俺の傍にいた獄寺くんだ!!」
「十代目っ…!」
きらきら、きらきらと輝くその銀色の髪の毛。
真摯なその翡翠の瞳。
白い肌。
初めて見たとき、彼がそこにいると思った。
俺の指の隙間から、さらさらと零れ落ちたあの砂が、再び彼を形作り命を吹き返したのだと思った。
でも、やはり胸から下げた小瓶の中には、彼の身体を構成していた砂がしっかりと残っていて。
「笑っちゃうよ!ヴァンパイアのクセして、なんでヴァンパイアハンターの助手なんてしてたの彼は!」
「あなたが好きだったからです!」
「っ…!!!」
涙が溢れた。とめどなく溢れる涙で、視界が滲む。
どうしたらいい。
どうしたらいいというのだ。
彼はいない。彼はいない。
自分が殺した。
殺してしまった。
死ぬとわかっていて、彼はあの時俺を助けた。
彼がヴァンパイアなのだとわかったあの時、自分は彼から離れるべきだったのだ。
そうすれば彼は死ななかった。
後悔だけが、くるくる、くるくる、頭の中を回る。
「獄寺くんが、好きなんだ。」
「知ってます。」
「未来永劫、俺も、愛しているって…。」
「はい。」
「言いたかったのに言葉にならなかった。」
「はい。」
「愛しているよって、言えなかった。伝えられなかった。」
「彼もわかっていた筈です。」
「恥ずかしくて、一度だって、口に出来なかったんだ。」
「でも、ちゃんとわかってたはずです。」
涙が止まらない。
彼を失ってからも一度だって口にしたことのない単語だ。
この言葉は、彼以外に言うつもりはなかったから。
いつか彼に会うことができたらいいたいと思っていた言葉だったから。
言わなくちゃいけない言葉だったから。

もう二度と彼に会うことなんてできないってわかっていたのに。







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