「おはようございます!」

玄関のドアを開けた瞬間、いつもみたいにがばっとお辞儀をした獄寺くんが目に飛び込んできた。

「おは…よー……って、獄寺くん?」

いつもみたいに俺も朝の挨拶をしようとしたんだけれど、でも、獄寺くんの様子がいつもと違っていたからぱちくりと瞬きを繰り返してしまった。
いつも元気な獄寺くんが、マスクをしていたからだ。

「風邪?」
「熱とかはないんです!ただ、朝起きたらちょっと喉がおかしくて。最近クラスで風邪はやってますし、十代目にうつしてはいけないと思いまして!」

確かに体調は悪そうではない。
俺はどうしようかと思ったけれど、靴をきちんと履きなおしてから獄寺くんに近寄った。
獄寺くんが風邪を引いたことなんて今まであっただろうか?
俺が迎えに来てくれないのが寂しかったといってから、毎日来てくれるようになって…もしかして無理してここにきたんじゃないだろうか?
だとしたら無理しないように言わないといけない。

「大丈夫なの?」
「喉がおかしいだけですから!」
「そういえば、心なしかちょっとがらがらしてるね。」

そっと額に手を押し当てると、獄寺くんの頬が微かに赤く染まる。
それは別に熱があってじゃないのはわかるから、なんだかその可愛い反応に思わず笑みが零れてしまった。

「怒ってますか?」
「なんで?」

こちらの様子を伺うように覗き込んでくる獄寺くん。
額に押し当てた手をするりと離すと、俺は鞄を持ち直した。

うん。大丈夫。
熱はないみたいだし、はっきり言葉をしゃべってるから、本当にただの風邪の引きはじめなんだろう。
暖かくしないといけないな。とか、思いながら自分がつけていたマフラーを解いた。

「本当は、こんな状態でくるの、迷惑だってわかってたんです。」
「迷惑?なんで?」
「だって、十代目にうつしちゃったら…。」
「そんなの気にしなくていーって。」

あはは。と小さく笑いながら、俺は自分のマフラーを獄寺くんの首にふわりと巻きつけた。
俺のその行動に、獄寺くんは慌ててマフラーをはずそうとしてしまうから、それを「駄目。」と小さく笑いながらいって、制する。
困ったように何度か瞳を彷徨わせて、獄寺くんはちいさくぺこりと頭を下げた。

「すみません。」
「ありがとう。でしょ?こーゆー時は。獄寺くんは悪いこと、なんにもしてない。」
「でも、俺、迷惑だってわかってて…でも、10代目に朝一番に会えないのなんて嫌で、きてしまったから。悪いことしてます。」

獄寺くんの言葉に、俺は心底驚いてしまった。
なんでこーいつも自分を抑えてしまうんだろう。この少年は。
なんだか悔しくて、冷たくなってしまっている獄寺くんの手を、俺はぎゅーっと握り締めた。

「迷惑なんかじゃないって!」
「でも。」
「嬉しかったよ。風邪引いても俺に会いたいって思ってくれて。朝一番に会いたいと思ってくれて嬉しかった。君が風邪を引いたことを隠さないでいてくれて嬉しかった。」
「10代目。」
「だって俺だって朝一番に君にあいたいし、君が風邪引いたのを知らないで、君が苦しんでいるのに知らないですごしちゃってたら嫌だから!」

ぎゅっとぎゅーっと手を握り締めて。
ぽぽぽ。と獄寺くんの頬が真っ赤に染まっていくのをじーっと見つめて。

「あ、あ、あ、ありがとう…ござい…ま、す…。」

真っ赤に真っ赤になってしまった獄寺くんは、そのまま俺の手をギューっと握り締め返すと、俯いてしまった。
白い頬が、俺のマフラーに埋もれる。
その仕草がとても愛しい。

「行こうか。でも、もし授業中につらくなったりしたら、ちゃんと保健室いくんだよ?」
「…保健室…。」

手を繋いで、いつもみたいに学校への道を二人並んで歩き始める。
てくてく。てくてく。
二人の息が白く溶けていくから、とても寒いんだろうけれど。
繋いだ手が暖かくて、獄寺くんといると何故か心が温かくて、寒さなんてちっとも感じない。

「あー…ドクターシャマルは女の子しかみてくんないからなー。」
「あんなヤブに診てもらうくらいなら、俺は一人家で寝てます。」
「じゃあ、俺が看病してあげるよ。」
「そそそそ、そんな滅相もない!」
「確かランボとイーピンが飲んでた薬が残ってたと思うし。」
「子供用じゃないっスかそれ!」
「あははは。」

がびんっ!とショックを受けている獄寺くんに噴出しながら、俺はぎゅーっと獄寺くんの手を握り締めた。
暖かい。
あったかい。
ぽかぽかする。

こんな風に手を繋いでいつまで通えるかわからないけれど、でも、できればずっと、ずーっと一緒にこうやって通えたらいいなと思う。





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