目を開けたら、見たこともない天井が見えた。
体が動かなくて、目だけを動かす。
視界の両端に写る真っ赤な布とか、なにやらちょっと豪華そうな金属やら…もしかしていわゆる、天蓋付ベットとかいうやつなのかな…?
綱吉がそう思ったときだった。
ばたん。
突然はなれたところから聞こえてきた扉の閉まる音に、身体がびくりと跳ねる。
人の気配が、ない。
こつ、こつ、こつ。
誰かが近付いてくる足音は聞こえてくるのに、誰かがわからない。
自分に対して殺意をもっているわけではなさそうだということはわかるが、だが、あまりにもどこかおかしかった。
どこがかときかれればわからないとしかいえない、
気配が、なんだかおかしいのだ。
あたりをつつむ空気も違う。
「目が覚めた?」
聞こえてきた声も、聞いたこの無い音をしていた。
身体が動かないからもちろん首だって動かせない。
綱吉は数回瞬きを繰り返すと、コクリと唾を飲み込む。
事態が飲み込めなかった。
だって自分は確か、自室で寝ていたはずなのだ。
まさか攫われた?
いや、だが、寝ているとはいえ誰か知らない人間が自分に近付いてきたら、いくらなんでも目が覚めるはずだ。
中学生の頃から自分を鍛えてくれていた家庭教師のおかげで、それくらいの気配は読めるようになっていた。
たとえ殺意を持って近付かれなくても、他人が近付いてくれば目くらいは覚める。
それが獄寺や山本といった、自分が心から信頼している人物ならば話は別なのだが…。
「………。」
誰なのかを聞こうと口を開いたが、声も出ない。
「あと一時間もすれば身体は動くし、声も出るようになるんじゃないかな。」
綱吉の身体がちいさくぴくりと動くと、声の主はゆっくりと…綱吉に近付いてきた。
なんとか動かした視界にはいってきたのは、見たこともない人物だった。
覚えていないだけ?いや、違う。知らない、人だ。
綱吉は再びコクリと喉を鳴らした。
褐色の肌に、金色の髪の毛、そして金色の瞳。
ゆったりと笑う口元。
日本人じゃないし、イタリア人でもないのはわかる。
だが、話しているのは日本語だ。しかもすごく流暢で、日本人みたいな話し方をするくせに、日本人の顔じゃないのがすごく違和感なくらいだ。
じっと自分を見てくる綱吉に、少年は小さく笑った。肩を少しすぼめて、両手をひらりと振る。
「大丈夫。俺たちはあなたには危害は加えない。」
「………。」
なら誰に危害を加えると言うのだ。
マフィアのボスである自分に用事が無いとなると、自分を攫うことによって意味があるのは他にたったひとつしか浮かばない。
綱吉は目の前にたった少年を睨みつけると、動かない指先に力をこめようと試みる。
だがやっぱり身体はちっともいうことをきかないのだ。
「用があるのはあんたの右腕にだよ。」
ああ…やっぱり!
綱吉は唇を噛み締めると、目の前の少年を睨む瞳を歪ませた。
「まぁ…もっとも、あんたの血にも、興味はあるんだけどね?」
少年の褐色の腕が伸ばされて、指先が綱吉の唇に触れてくる。
つつっと唇を撫でられて、綱吉は身体をその不快さに震わせた。
「ボンゴレの血を飲むと、その力を使えるようになるって――――本当?」
何故それを?
一年前、それを信じた一部の人間達にボンゴレの血を売ろうとしたマフィアに、綱吉は狙われたことがあった。
かわいそうにボンゴレの血を引く幼い子供が、貧血になるほどに血を抜かれていたのを助けたこともあった。
あまりにも薄い血液の成分に、恐ろしいことをしたマフィア達に吐き気すら覚えたこともあった。
だが、そんな噂、マフィアの間だけなのだと思っていたのに…。
「でも今はボンゴレの血なんて、どうでもいいんだ。俺たちに必要なのは、あんたの右腕の、あんたへの忠誠心だから。」
「は?」
言われた言葉の意味がわからずに、綱吉は反射的に声を出した。
「あ、声出るようになったんだ?」
あ、声でた。と思った瞬間に、相手の瞳が見開かれる。
「すごいね。流石、ボンゴレ10代目。」
まるで楽しむようにいう相手を、綱吉はじっと睨む。
相手のしたいことが、ちっとも読めない。
「………で?」
問いただそうとしても、声はまだまともにでなくてイラつく。
そんな綱吉に小さく笑うと、少年はひらりと手を振った。
そしてそのまま、腰掛けていたベットから退くと、扉の方へと向かっていってしまう。
「まっ…。」
綱吉は動かない首を、必至になんとか動かそうと試みた。
ほんの少しだけ首が動いて、少年のさっていった方を見ることができた。
豪華なつくりの部屋のど真ん中らしい。
なんだか大きな大きな扉の前で足を止めた少年が、一度くるりと振り返る。
「ちょっとは興味がわいてきたかな。君にも。」
「………。」
わからない。
ちっともよくわからない。
綱吉はなんだかぽかんとしてしまって、そのまま相手が扉の向こうに消えるのをただじっと見つめていることしか出来なかった。



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