□数ンチ



初めて獄寺くんの部屋に上がったとき、なんだか凄くどきどきして、部屋に上がるその一歩が中々踏み出せなくて。
固まったオレに、彼はいつもみたいににこって笑って手を差し出してくれた。

「どうぞ。」

差し出された手をとって、一歩あがれば目の前に広がる見たことのない景色。

すうっと息を吸い込むと、嗅ぎ慣れた煙草の香と一緒にいつも獄寺くんからしている香と同じ香がした。そう。いつも抱きしめられたときに嗅ぐ香と一緒だ。

そう思ったらなんだか急に、まるで獄寺くんに抱きしめられているようなそんな気がしてきて。かあっと顔が熱くなった。きっと今のオレはすごく恥ずかしい顔をしているんだろう。

「十代目?暑いですか?」

暑いですか?と言われれば答えはノーだ。正確には『熱い』だから。いつも獄寺くんに抱きしめられたときに、かーっと体中が熱くなったときと一緒だ。

「なにか飲み物、飲みますか?」

冷蔵庫を開けるその仕草すら新鮮で。目でずっと追ってしまう。
促されるままクッションに座って、差し出された飲み物を手にとって。

「十代目。なんか、変ですよ?」

だと思う。さっきから獄寺くんばかりがしゃべって、オレは何にもいていない。

「だって…!」

思わず声が裏返ってしまって、慌てて口を押さえた。
ちらりと獄寺くんを見れば、瞳を大きくして驚いた。って顔をしてて。
益々恥ずかしい。

「だって、なんか、胸がいっぱいで…緊張しちゃって。」
「オレもです。オレも。緊張してますよ。だってこの部屋に誰かを上げるのなんて、初めてだ。」
「オレが?」
「そうです。十代目が初めてです。」
「そうなんだ。」
「ええ。」

にこにこと笑う獄寺くん。入れてくれたコーラ。甘い炭酸がしゅわしゅわと胸に広がって。なんだか胸がくすぐったい。
優越感って、きっとこのこと。

「獄寺くん。キスしてもいい?」
「はひっ!?」

オレの言葉に驚いたのか、獄寺くんがいつもよりも数十倍も高い声を出して後ずさった。それがおかしくて笑うと、少し困ったように獄寺くんが口を尖らせて。

「か、からかわないでください。」

そんなことを言うから。

「からかってないよ。」

そう言って彼に近付いた。
びくりと肩を震わせた彼に苦笑する。
そんなに驚かないでよ。そんなに怖がらないでよ。

「そそそそ、そんなことしたら、オレ、止まらなくなります。」
「いいよ。」
「今だってすっごい理性で止めてんのに!」
「だからいいよ。」
「オレ、十代目にひどいことしたくないんです。」
「やさしくしてくれればいい。」
「なななな、なんてこと言うんですか!?」
「獄寺くんが好きだよ?」
「っ………!」
「獄寺くんは?」

吐息が触れ合うほどに近くまできて、彼を見上げる。
真っ赤になった彼が、口元を押さえていた手をするりと…オレの頬に滑らせた。


唇と唇が触れ合うまでアト数センチ。




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