□バレンタイン 獄寺くんはきれい。 獄寺くんはかっこいい。 獄寺くんはとてもモテる。 俺にはよくわからないんだ。 ねぇ? なんで俺なんて好きになったの。 「10代目どうしたんですか?」 はァ。とため息を零したら、獄寺くんが少し心配そうな瞳で俺の顔を覗き込んできた。 「別に…なんでもないよ。」 ちろりと獄寺くんを横目で見て、俺は再びため息を零す。 獄寺くんの両手には紙袋が握られていて、その紙袋の中には数え切れないくらいのチョコがはいっていて…。 そりゃ…そりゃ、最初は捨てようとした獄寺くんをとめたのは俺だ。 このチョコをくれた女の子達の気持ちを捨てるなんて駄目だって、言った。 別にこんなやつらの気持ちなんて、どうでもいい。って言った獄寺くんを、しかったのは俺だ。 両手に数え切れないくらいのチョコ。 きっと結構重たいんだろうな。 その重たさは彼女達の気持ちだ。 獄寺くんはとってもモテる。 とってもとってもモテるのだ。 「10代目。そろそろ帰りましょう!」 「そうだねー。」 俺の鞄の中には、一個もチョコがない。 別にそんなの、もらえるなんて思ってもなかったし…いや、そりゃちょっとは京子ちゃんがくれるかなーとか、ハルがもってくるかなーとか、期待とかしちゃたりとかしたけれどさ! でもやっぱり例年どおりなくって、自分はやっぱりもてないんだなって改めて思い知ってしまった…。 義理チョコすらもらえやしない。 「あ。あ。じゅ、じゅうだいめ!」 「ん?」 「あの、これ…。」 「なに?」 獄寺くんがごそごそと制服のポケットから取り出してきたのは、なんのラッピングとかもしていない板チョコだ。 ミルクチョコのそのチョコは、甘いものが苦手な獄寺くんの好みではなかったから、ちょっと不思議だった。 好きな人のことはよく見てる…女の子たちは、こぞって渋めのチョコレートを獄寺くんにあげていたみたいだったから、このチョコをくれた子は、ちょっとばっかり情報不足だったのかもしれない。 「じゅうだいめに。」 「駄目だよ。君が貰ったんだから、君が食べなきゃ!」 いくら甘いチョコを貰ったからって、まだそんなこと言ってるの。と、怒ろうとした俺の手に、獄寺くんがそのチョコを押し付けてくる。 「違います!俺…から、10代目に。」 耳まで真っ赤に染めて、マフラーに顔をうずめた獄寺くんが小さな声で言う。 俺の身体も、かかーっと熱くどんどんと火照って。 「俺、10代目が、好き…なんで、今日は、絶対、ぜったいチョコをっておもってたんスけど、あの、コンビニで買うのはそれが、限界で…。」 しどろもどろで言う獄寺くん。 きっと俺の耳も真っ赤だ。 獄寺くんと同じようにマフラーに口元を埋めて、俺はそのチョコを受け取った。 「あ、あ、ありがとー…。」 コンビニの店内ではバレンタイン特集コーナーとかあって、綺麗なラッピングのされたチョコが陳列していたのだろう。 でもそんなの買えなくて、普通のチョコを買おうとして…、悩んだんだろうなって思ったらなんだか胸が苦しくなってくる。 いつもの自分が買っているものとはまったく違うチョコ。 甘い甘いスイートチョコ。そのミルクチョコは、獄寺くんが俺のことを考えて買ってくれたものなのだ。 鞄の中にはチョコなんて入っていない。 バレンタインなのに。 でも、掌の中には甘い甘いミルクチョコがある。 世界で一番大好きな人がくれたチョコレートだ。 「あの、じゅ…だい…め?」 なんだか泣けてきてしまって、俺はそのチョコをぎゅっとぎゅっと握り締めた。 「ごめん。俺、君に、チョコ…用意してないんだ。」 「そんなの!俺、そんなの別にっ…!」 どうして用意しなかったんだろう。 思いつきもしなかった。バレンタインチョコなんて、貰う物だとばかり思って宝、自分があげるなんて思ってもいなかった。 獄寺くんの両脇には、チョコが沢山はいった紙袋が二つ。 でも、そんなに沢山あるチョコの中に、彼が一番スキだと言う人からのチョコはないのだ。 「ごめん。俺も、君が好きだよ?」 「はいっ!ありがとうございますっ!」 満面の笑みで笑う君に、俺もつられて笑う。 幸せだなと思った。 「獄寺くんの、そういう、真っ直ぐなところが大好きだ。」 獄寺くんは綺麗だ。 瞳も、髪の毛も、キラキラしているけれど、心はもっと綺麗だ。 真っ直ぐに、迷いのない瞳で俺だけを見てくれているのがとても嬉しい。 「10代目…!」 誰もいない、教室で。 獄寺くんは俺をぎゅっと抱きしめてくれる。 暖かな獄寺くんの体温に包まれて、俺はそっと瞳を閉じた。 「俺、すっごく不安でした。10代目はすごいお方で、かっこよくて、強くて、綺麗で、まっすぐで、なんで俺のことなんて好きになってくださったのか不安で。いつも俺、迷惑ばっかりかけて、心配ばっかかけて、いつか俺のことなんて見捨てられちゃうんじゃないかって不安で。でも、10代目がそうやって、俺のこと好きだって言って…すいません。不謹慎なんですけれど、そうやって涙を零してくれるのが嬉しいです。」 「それ、俺のセリフだよ。」 ずずっと鼻を啜って苦笑する。 だって本当にそうだ。それはそのまんま俺のセリフ。 こんな駄目ツナのどこを好きになってくれたのかわからない。 獄寺くんの目にかかったフィルターが、いつはずれちゃうかわからない。 いつもいつもダメダメなところをみせてる俺を、君がいつ呆れてしまうか不安なのだ。 だって獄寺くんはとても綺麗で、とてもかっこよくて、とてもモテるから。 「なんでですか!」 「だって、俺なんて、ダメツナで全然…獄寺くんにふさわしくない。」 「10代目は駄目なんかじゃないっス!いつもいつも、俺に色々なことを気づかせてくれて、正しい道に導いてくださって!相手のことを思いやれる、素晴らしいお人です!10代目のこと、好きにならないわけないじゃないですか!だってあなたは俺の光だ!」 「…………。」 どうしよう。すっごく恥ずかしい。 なんて言っていいのかわからない…。 ぎゅっとぎゅっと強く抱きしめられて、困ってしまった俺は…真っ赤な顔が見られないようにぎゅーっと獄寺くんを抱きしめ返した。 「ありがとー…。」 |