度目の




「10代目!」
「あれ?ごく…で、ら、君…。」

ぶんぶんと大きく手を振って、獄寺くんがバスに乗り込んでくる。
まさか会えるとは思ってなかった。
たまたま乗ったバス。滅多に乗らないのに。
後部座席に座って、ぼけーっと外を眺めていて。
なんとなく…ただ、なんとなく、会いたいなとか、ちょっとだけ思ってた。
今日も獄寺くんは無茶ばかりして、俺のことだけを考えてくれて、いつもとかわらない日常だったけれど。
帰り道手を繋ぎたかったなとか、でもつなげなかったなとか、そういうことばかり考えてて。
母さんに頼まれてちょっと遠いところまで用事にでかけたんだけど、帰りは疲れて滅多に乗らないバスに乗ってみた。
そしたら、獄寺くんが乗り込んできて。
声をかけられて驚いた。だって、会えるなんて思ってもいなかったから。

「珍しいですね。」
「獄寺くんこそ、よく乗るの?」
「いえ。たまたまっス。雨が降ってきたんで、傘なかったから…。」
「うん。オレも、たまたま。おつかいだったんだ。」

にこっと笑ったオレの隣に、獄寺くんが当たり前のようにストンっと座る。
制服を脱いだ獄寺くんは、相変わらずとてもセンスが良くて。
かっこよいなぁなんて眺めていたら、バスが大きく揺れてとんっと肩と肩がぶつかった。
それに、胸の奥がちょっとだけ、音を立ててしまう。

「これから帰るんですか?」
「うん。もう用事は済んだし。」
「そうですか。」
「獄寺くんは?」
「オレも、帰ろうかと思ってました。」

たわいもない会話。
なのになんだかとても心があったかい。
そして…そして。
なんだかとても触れたかった。触れたくて、触りたくて、身体が疼く。
なんでだろう昼間、学校であんなに一緒に過ごしたのに。
手を繋ぎたい。繋ぎたくて、繋ぎたくて、繋ぎたいのに。この気持ちがどうやったら伝わるんだろう。
そろりと手を伸ばして…指先で、獄寺くんの太腿に触れてみた。
ちょんっと触れただけだったけど。
ぴくりと獄寺くんの身体が小さく動いて。
視線はお互い、真っ直ぐ、前を向いたまま。
なのに、獄寺くんの手がゆっくりと動いて…獄寺くんに少しだけ触れた俺の手を掴んでくる。
あったかなてのひら。
オレの手よりもひとまわりも大きくて、そして少しだけごつごつと皮の厚いてのひら。
あたたかなそのてのひらが、優しくオレの手を包み込んでくれる。

どきりと。

心臓が跳ねた。

そして、どくんどくんと加速していく鼓動。
胸の奥がきゅーっとして、なんだかとても切ないような、嬉しいような、そんな気持ち。

「………。」
「………。」

お互い何も言わない。
隣り合わせに座ったお互いの間で、まるで隠すように繋がれた手。
指先で獄寺くんのテノヒラをゆっくりとなぞれば、同じように返された。
指先と、指先で、お互いの手のひらに触れあって。
手首を撫でて、触れて、ぎゅっとぎゅっと繋ぎ合わせて。

なんだこれ。
わけがわからないけれど、体は熱くなるし、顔も熱くなる。
胸の奥がきゅきゅーっと苦しくて。

はっとした。

獄寺くんが好きだ。
とても好きだ。これは前からかわらないことだけど。

まさか…まさか。

胸の奥がきゅきゅーっと苦しくて。
繋いだ手が嬉しい。繋ぎたかった。触れたかった。それが伝わって、獄寺くんの手が、指が、オレに触れてくれて、撫でてくれて。
愛しい気持ちが溢れてくる。

この感情を、オレは知ってる。

まさか、同じ人に、また、恋をするなんて。

この感情は恋だ。
恋情。

たまらない。
胸の奥が苦しくて、幸せで、愛しい。

もうすぐ最寄のバス停についてしまう。

会いたかった。折角会えたのに。
手を繋ぎたかった。折角つなげたのに。

なのに、もう、その時間も終ってしまう。
そう思ったらとても名残惜しくて、獄寺くんの手を握り締める手に力を込めた。

「折角会えたけど、でももう降りなきゃ。」
「オレも降ります。」
「でも。」

獄寺くんちの最寄のバス停はもう少し先だ。
外は雨が降ってる。
傘のない獄寺くんを、自分につき合わせて降ろすわけにはいかなかった。

「もう少し一緒にいたい…って、言ったら困らせますか?」

捨てられた猫みたいな瞳でそんなことをいって。
握り締められた手に、縋るように力が込められて。

「嬉しいよ。」

そう素直に答えたら、獄寺くんは小さく笑った。

「あなたに会いたいなって思ってたんです。」

オレも。オレも思ってた。

どうしよう。幸せだ。たまらなく。

「俺んち寄ってく?雨が止むまででもいいから。」
「ありがとうございます。」

微笑む獄寺くんの手を引いて、俺は立ち上がった。

しとしと。しとしと。小雨の中、二人雨に濡れながら手を繋いで。
たわいもない話をしながら、俺んちへの道を歩く。

君が好き。
会いたかった。触れたかった。手を繋ぎたかった。
君がいるから、君と出会ったから、こうやって誰かを好きだという気持ちを知った。
知ることが出来た。
とても素敵で、とても幸せなことだ。

しとしと。しとしと。
小雨の中で、君と歩く。

君と、歩く。





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