がちゃり。

扉を開こうとノブを押したのだが、無情にも鍵がかかっていた。
驚きすぎて雲雀は瞳を見開くと、そのまま扉を見つめる。
この扉に鍵がかかっていたことなんて、今まで一度だってなかったからだ。
1,2,3。
きっかり3秒。ドアに手を当てたまま考え込むと、雲雀はくるりと踵を返す。そのまま扉に背を向けて、1,2歩歩いたところで……。
「………。」
ポケットに突っ込んだ指の先に、無機質な感触があることに気がつく。
イラっとしたが、それでも…雲雀はもう一度、扉に向き合った。
なんでそんな気分になったのかなんてわからない。
ただ、気まぐれだったのかもしれないし、それが今日と言う日だったからなのかもしれない。
「かみ殺す。」
小さく呟くと、雲雀はポケットから取り出した鍵を鍵穴にさしこんだ。





チッチッチッチ…。
時計を睨みつけながら、雲雀はしんっと静まり返った部屋の真ん中にあるソファに、どっかりと座ったままだ。
一言も声を発しないし、何かを飲むとか食べるとかもしてない。
カップがどこにあるかは知っていたし、冷蔵庫の中に何があるのかも大体わかっていたけれど、自分から用意したことはないし、用意しようと思ったこともない。
ただ、毎回この部屋の主が、雲雀にだしてくるだけだ。
飲みたければ飲むし食べる。いらなければ口をつけないだけだった。
だが、今は喉が渇いていた。
喉が渇いていて、飲み物がどこにあるのかも、カップがどこにあるのかもわかっているけれど、でも用意はする気にならなかった。
「山本武。」
ただ、この部屋の主の名前を低く呟く。
まさかこの自分を待たせる奴がいるとは思ってもいなかった。
「やまもと、たけし。」
もう一度、名前を呼ぶ。
そもそもなんで自分はここにいるのだ。
今日だって朝からずっと書類とにらめっこしていた。体は疲れていないが、目が疲れた。目を閉じればきっとすぐに眠れる。まっすぐ自分の借りている部屋に帰ればよかったのに、なぜ自分はここに来てしまったのだろう。
主がいないとわかったときに、さっさと帰ればよかったのだ。
でも、なぜかこの部屋に入ってしまっていた。いつだったか大分前に渡された鍵をつかってまではいってしまっていたのだ。
今まで一度も使ったことのなかった鍵なのに。
すっかり陽も落ち、夜と呼ばれる時間だ。なのに部屋の明りすらつけていないから、真っ暗であたりなんてちっともみえない。
レースのカーテンだけがしめられた窓から、ほんのりと星が見え隠れするだけ。
立ち上がって電気をつけることすら面倒くさい。
雲雀は小さくため息を零すと、そのままソファにゆったりと寄りかかった。
もう帰ってしまっていいのだ。でも、帰ることすら面倒くさい。
ゆっくりと目を瞑る。
なぜ自分は今日、ここに寄ってしまったのだろう。
昨夜だって寄って、散々の夜を過ごしたのを忘れたわけじゃない。
でも…でも、別れ際、あの男の見せた瞳は、もっと忘れられなかった。
『今夜は一緒に過ごしたい。』
そういってきた声に、いつものような軽さがなかった。
『嫌だね。』
『ヒバリ。』
静かに名前を呼ばれて、顔を上げた。
あげた先では、真剣なあの男の瞳があった。
けれど、それは一瞬でいつもみたいににへらっとした、しまりのない顔つきになる。
それに嫌そうに雲雀が眉根を寄せらのだが、男の顔はかわらなかった。
『明日の朝までイチャイチャしたい。な?いいだろ?ヒバリ。今日は帰りにここきて?』
『死ねば。』
むかついたので持っていたトンファーを振り上げたら、男は軽々とソレをひょいひょいっとかわして、そしてトンファーを握るヒバリの手首をその大きな手でがしりと掴んだのだ。
びくりとも動かない自分の手に、ヒバリの眉間の皺が益々増える。
『死ぬなら雲雀の上で死にたい。』
『今すぐ死んで。』
『雲雀〜〜。』
甘ったれた声も、にへらっと笑った顔も、全部全部雲雀にとって不愉快なものだった。
掴まれた手を思い切り振り上げて、そのままトンファーを男の顎にヒットさせたのが、今朝方、別れ際のやりとりだった。
あれだけムカついたし、腹がたったのに、何故…なぜ自分はあの男が言ったとおりにここに寄ってしまったのだろう。
ばかげている。
そうだ。帰るのが面倒くさいからだった。
じゃあ、なぜこの部屋にはいったのだ。
ぐるぐる混乱する頭が、ガンガンと痛む。
「噛み殺す。」
ぎゅっと唇を噛み締めて、雲雀は掌を目蓋に当てた。
ばかげている。
おかしい。
なんで自分はここにいるのだ。
なんであいつはここにいないのだ。
あれだけ自分に言ってきておいて……。

トゥルルルル…

突然鳴り響いた電話の音に、雲雀の肩がびくりっと大きく跳ねた。
真っ暗闇の中で、受信中の電話がカラフルに電子の光で輝いている。
じっとそれをみつめていたら、受信音が止まった。かわりにきこえてきたのは、あらかじめ電話にはいっていたのであろう機械的な留守電のメッセージ案内だった。

『山本?無事家ついた?今日は折角の誕生日だったのにごめん。ヒバリさんと約束してたんでしょ?携帯繋がらないからちょっと心配でさ。何もなかったならいいんだけど。明日は2人とも休みでいいから、良い誕生日を過ごしてね。報告も明後日でいいから。じゃあー…楽しい誕生日をすごして。』

「綱吉…?」
むくりと起き上がって、雲雀は自分の胸ポケットから携帯電話を取り出した。
「………。」
別に約束なんてしていない。
なんで明日休まないといけないのだ。
どっかのバカのせいで処理しなければならない書類がたまっているのに。
誕生日じゃなかったら…なかったら……なんだというのだ。自分は。
「………。」
なんでここにきた。
なんであの男の願いを聞こうと思った。
なんで…。
「携帯…。」
なんで繋がらない?
とたんに胸に込み上げてきた、表現のわからない感情の波に、無意識のうちに電話帳を開いていた。
ほんの少ししかはいっていない登録されたナンバーの中に、仕事でしかかけたことのない電話番号がある。
それをかけようとした瞬間…雲雀の指が止まった。

がちゃがちゃっ…がちゃっ…。

玄関の方から音がする。
慌てて顔を上げると、携帯電話を胸にしまって。
雲雀はじっと…じっと音のほうを睨みつけた。
「っ…!」
「ヒバリっ!?」
突然明るくなった部屋に、眩しさから目を細める。
目を掌でおおった雲雀の姿に、現れた男は素っ頓狂な声を上げた。
そしてどさどさと持っていたものを床に落とす。
「おまっ…どーしてっ…。」
「………帰る。」
「ちょっ…待てよ!」
現れた男の足元にあるたくさんのプレゼントの山を一瞥して、雲雀は立ち上がった。
何で自分はここにいたのだろうか。
別にこの男の帰宅を待っていたわけじゃない。
別にこの男にいわれたから寄ったわけじゃない。
明日も仕事がある。綱吉がなんといおうと、自分とこの男はなんの約束もしてなかったし、どんな関係でもない。
「ヒバリっ!」
「はなして。」
掴まれた手首が熱かった。
朝と同じように思い切り振り上げようとしたのだが、今度はちっともびくともしなかった。
「ヒバリ。俺、すっげー…嬉しい。」
「………。」
にかっと…浮かんだ満面の笑みに、思わず口を閉じる。
いつもみたいなしまりのない、へらっとした笑顔じゃない。
にかっと、笑う、太陽みたいな笑顔。
「………。」
振り上げようとしていた手から、自然と力が抜けた。
そんな雲雀の体を、男はやんわりとその腕で抱きしめて、抱き寄せる。
とんっと、雲雀の頬が、男の肩に当たった。
「………。」
「ヒバリ。俺、お前と過ごせて嬉しい。」
「………。」
こくりと、喉が鳴る。
何かを言おうと思ったのだが、何も言葉が出てこなかった。
「やまもと、たけし。」
「ん?」
「………。」
それ以上、何も言葉が出ない。
いえたのは、唯一の名前だけ。
「………。」
何もいわない雲雀に、山本もそれ以上何も言わなかった。
そのままその細い身体をぎゅっとぎゅっと抱きしめて、雲雀の頬に唇を寄せる。
ちゅっちゅっと小さく音を立てながら、唇を頬から耳、そして首筋へと滑らせていく。
かくんっと力の抜けた雲雀の身体を抱きかかえて、その男―――山本武は小さく笑った。
さっきまで雲雀の座っていたソファにそのまま2人して崩れこむ。
「ヒバリ。」
「……っ。」
真っ赤なまま自分から顔を背ける雲雀にやっぱり小さく笑って、山本は雲雀のシャツのボタンに手をかけた。
「俺、今なら死んでもいいや。」
「……なら、死ねば?」
やっと口を開いたと思ったら、なんとも可愛くない言葉だ。
でも、山本に取ったらそれはこの上なく、甘い甘い、誘う言葉で。
「死ぬほど気持ちよくしてくれるんだろ?」
にへらっと笑った山本の頬に、雲雀の拳がばきっといい音を立ててヒットしたのだった。





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