携帯話 3 



切っちゃった…!

『はい。』

低く聞こえてきた声に、不覚にもどきりとした。
普段聞いている声とは少し違う、初めて聞いた電話越しの獄寺くんの声。
驚いて思わず切ってしまったのだ。

どきん。

どきん。

今もまだ、胸がドキドキしている。
顔が熱い。

「イタ電…しちゃった…」

気分悪くしたよね?
よくわからない相手からの電話で、でた瞬間切れるなんて。
今からかけて謝ろうか、どうしようか悩む。

子機を握り締めて、震える指をプッシュボタンにのばした。

ピッ、ピッ、ピッ…。

響く電子音。加速していく鼓動。
暗記してしまった電話番号。
この番号を押しおわったら、会いたくて仕方ない人につながる。
声が聞きたくて仕方ない人につながる。

だけど…。

「だめだ。」

今度は呼び出し音が鳴る前に、切ボタンを押してそのまま机に突っ伏した。
獄寺君は俺が一言、「会いたい。」そういえばすぐに飛んできてくれるだろう。
それは自惚れではないと思う。
だからこそ、恋人同士になった今、とても甘えにくいのだ。
彼はなによりも俺を優先してしまうから。

「あ〜…用があるときはあるって言ってくれればいいんだけど。」

無理をしてまで会ってくれるのは、正直嬉しいけれど…でも申し訳ないし、困る。
突っ伏した机が冷たいけれど、火照る頬にそれがとても心地良くて。
そっと瞳を閉じた。
と。その時。

トゥルルルル…。

握り締めていた子機が突然音を発した。
思わず驚きすぎてびくりと大きく肩が震えた。

「で、電話だ。」

なんてタイミングなんだろう。
誰?
そう思って、そのまま受信ボタンを押した。

『あ、の…もしもし?』

聞こえてきた声に、どきりと心臓が高鳴る。
子機を握り締める手が震える。
心臓を鷲掴みにされた。そんな感じって、きっとこのこと。

聞きなれたいつもの声と少しだけ違う。
耳に綺麗に響く俺よりも少し低めの声。
少し照れたような、声。
さっき、ほんの一瞬聞いた、獄寺くんの声だった。

『獄寺と申しますけれども、じゅ…つ、綱吉さん、いらっしゃいますか?』

なんでかわからないけれども涙が出そうになった。
初めて聞いた。
獄寺くんが、俺のことを『綱吉』って呼ぶのを。
初めて聞いた。
彼の耳障りの良い声が、俺の名前を紡ぐのを。

それだけで泣きそうになるくらい、感動するなんて、我ながらもう末期だとは思うけれど。

「俺、だよ?」

声が震える。ばかみたいだと思う。
これくらいでこんなに動揺するなんて。

ねぇ?気がついてる。
初めて名前を呼んでくれたよね。

ねぇ。さっき電話をしたんだ。
君の声が聞きたくて。
君に会いたくて。

もしかして声が聞こえてしまったのかな?
心のそこで、俺が願った声が。

『あっ、あの、十代目っ…さっき、電話、してくれましたよね?』

やっぱりばれちゃってたんだね。俺がかけたって。
少し気恥ずかしくて、一瞬こたえに詰まる。
つばを飲み込んだ喉がコクリと鳴って、その音が電話越しに聞こえてしまったんじゃないかと思ったら、益々恥ずかしくてなんていっていいのかわからなくて。

「う…ん。わかっちゃった?切るつもりはなかったんだけど、驚いて、つい切っちゃったんだ。ごめんね。」
『いえ、それはいいんです!何かあったんですか?困ったことがあったんですか?あの阿呆牛がまたバズーカでもぶっ放しましたか?それとも野球バカが十代目のことこまらせましたか?何かへんなやつに襲われたんですか?ああ、夏休みの宿題でしたら俺、終わりましたんで…。』

息きらせながら、勢いよく話す獄寺くんに思わず笑がこみ上げた。
かわらない。ほんの4,5日あっていないだけだからあたりまえではあるんだけれど。
かわらない獄寺くん。俺からの電話に驚いて、心配でかけてくれたんだ。
オロオロする獄寺くんの姿が、目の前に浮かぶ。

「うん。すごく、困ってるんだ。」
『ええっ!?な、何があったんですか!?』

くすくすと思わず笑が込み上げる。

うん。
凄く困ってた。
困ってたし、困ってる。
現在進行形。

さっきまで凄く会いたくて、困ってた。
こんなに会いたいと思うなんてって思ってた。

でも声を聞いてしまったら。

益々会いたくて、会いたくて、会いたくて。
そして触れたくて。

「君に凄く会いたくて困ってる。」

電話の向こう側、息を呑む音が聞こえた。
自然と頬が緩んでしまう。
顔がにやけてたまらない。
幸せって、きっとこのこと。
会えなくて、寂しくて、たまらなかったのに。
声が聞こえた。それだけですごく満たされる。
満たされて、そして求めてしまう。

うん。

会いたい。さっきまでの切ない気持ちとは違う感じで会いたいと思う。
幸せな、ほんわかした気持ち出会いたいと思う。
そして触れたい。

『十代目。俺も、困ってます。』
「なんで?」
『十代目がそんなことをおっしゃるから。あと1分の時間が惜しいです。』
「1分?」

荒い呼吸の獄寺くんの声。
言われた言葉の意味を理解しかねて………。

次の瞬間、理解した。

鳴り響くチャイムの音に、肩が小さく跳ねる。

「ごっ…、」
『十代目、あけてください。』

子機を握り締めてそのまま窓際に寄る。
暑い夏の日差しの下で、君が汗で濡れた前髪もそのままに笑ってた。





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