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□携帯電話 3 切っちゃった…! 『はい。』 低く聞こえてきた声に、不覚にもどきりとした。 普段聞いている声とは少し違う、初めて聞いた電話越しの獄寺くんの声。 驚いて思わず切ってしまったのだ。 どきん。 どきん。 今もまだ、胸がドキドキしている。 顔が熱い。 「イタ電…しちゃった…」 気分悪くしたよね? よくわからない相手からの電話で、でた瞬間切れるなんて。 今からかけて謝ろうか、どうしようか悩む。 子機を握り締めて、震える指をプッシュボタンにのばした。 ピッ、ピッ、ピッ…。 響く電子音。加速していく鼓動。 暗記してしまった電話番号。 この番号を押しおわったら、会いたくて仕方ない人につながる。 声が聞きたくて仕方ない人につながる。 だけど…。 「だめだ。」 今度は呼び出し音が鳴る前に、切ボタンを押してそのまま机に突っ伏した。 獄寺君は俺が一言、「会いたい。」そういえばすぐに飛んできてくれるだろう。 それは自惚れではないと思う。 だからこそ、恋人同士になった今、とても甘えにくいのだ。 彼はなによりも俺を優先してしまうから。 「あ〜…用があるときはあるって言ってくれればいいんだけど。」 無理をしてまで会ってくれるのは、正直嬉しいけれど…でも申し訳ないし、困る。 突っ伏した机が冷たいけれど、火照る頬にそれがとても心地良くて。 そっと瞳を閉じた。 と。その時。 トゥルルルル…。 握り締めていた子機が突然音を発した。 思わず驚きすぎてびくりと大きく肩が震えた。 「で、電話だ。」 なんてタイミングなんだろう。 誰? そう思って、そのまま受信ボタンを押した。 『あ、の…もしもし?』 聞こえてきた声に、どきりと心臓が高鳴る。 子機を握り締める手が震える。 心臓を鷲掴みにされた。そんな感じって、きっとこのこと。 聞きなれたいつもの声と少しだけ違う。 耳に綺麗に響く俺よりも少し低めの声。 少し照れたような、声。 さっき、ほんの一瞬聞いた、獄寺くんの声だった。 『獄寺と申しますけれども、じゅ…つ、綱吉さん、いらっしゃいますか?』 なんでかわからないけれども涙が出そうになった。 初めて聞いた。 獄寺くんが、俺のことを『綱吉』って呼ぶのを。 初めて聞いた。 彼の耳障りの良い声が、俺の名前を紡ぐのを。 それだけで泣きそうになるくらい、感動するなんて、我ながらもう末期だとは思うけれど。 「俺、だよ?」 声が震える。ばかみたいだと思う。 これくらいでこんなに動揺するなんて。 ねぇ?気がついてる。 初めて名前を呼んでくれたよね。 ねぇ。さっき電話をしたんだ。 君の声が聞きたくて。 君に会いたくて。 もしかして声が聞こえてしまったのかな? 心のそこで、俺が願った声が。 『あっ、あの、十代目っ…さっき、電話、してくれましたよね?』 やっぱりばれちゃってたんだね。俺がかけたって。 少し気恥ずかしくて、一瞬こたえに詰まる。 つばを飲み込んだ喉がコクリと鳴って、その音が電話越しに聞こえてしまったんじゃないかと思ったら、益々恥ずかしくてなんていっていいのかわからなくて。 「う…ん。わかっちゃった?切るつもりはなかったんだけど、驚いて、つい切っちゃったんだ。ごめんね。」 『いえ、それはいいんです!何かあったんですか?困ったことがあったんですか?あの阿呆牛がまたバズーカでもぶっ放しましたか?それとも野球バカが十代目のことこまらせましたか?何かへんなやつに襲われたんですか?ああ、夏休みの宿題でしたら俺、終わりましたんで…。』 息きらせながら、勢いよく話す獄寺くんに思わず笑がこみ上げた。 かわらない。ほんの4,5日あっていないだけだからあたりまえではあるんだけれど。 かわらない獄寺くん。俺からの電話に驚いて、心配でかけてくれたんだ。 オロオロする獄寺くんの姿が、目の前に浮かぶ。 「うん。すごく、困ってるんだ。」 『ええっ!?な、何があったんですか!?』 くすくすと思わず笑が込み上げる。 うん。 凄く困ってた。 困ってたし、困ってる。 現在進行形。 さっきまで凄く会いたくて、困ってた。 こんなに会いたいと思うなんてって思ってた。 でも声を聞いてしまったら。 益々会いたくて、会いたくて、会いたくて。 そして触れたくて。 「君に凄く会いたくて困ってる。」 電話の向こう側、息を呑む音が聞こえた。 自然と頬が緩んでしまう。 顔がにやけてたまらない。 幸せって、きっとこのこと。 会えなくて、寂しくて、たまらなかったのに。 声が聞こえた。それだけですごく満たされる。 満たされて、そして求めてしまう。 うん。 会いたい。さっきまでの切ない気持ちとは違う感じで会いたいと思う。 幸せな、ほんわかした気持ち出会いたいと思う。 そして触れたい。 『十代目。俺も、困ってます。』 「なんで?」 『十代目がそんなことをおっしゃるから。あと1分の時間が惜しいです。』 「1分?」 荒い呼吸の獄寺くんの声。 言われた言葉の意味を理解しかねて………。 次の瞬間、理解した。 鳴り響くチャイムの音に、肩が小さく跳ねる。 「ごっ…、」 『十代目、あけてください。』 子機を握り締めてそのまま窓際に寄る。 暑い夏の日差しの下で、君が汗で濡れた前髪もそのままに笑ってた。 |