□残暑 今日は朝からとても暑い日だった。 暑くて、暑くて、ただそこにいるだけで汗がだらだら流れ出そうで。 日本の夏はじめじめしていて、とても不快だ。 そんな不快指数MAXな中で、教師からくだらないことで呼び出しくらって。 十代目に言われなければシカトしてた。 十代目に言われて、しょうがないから生徒指導室なんつーくだらないとこまで行って、適当に聞き流して。 タバコをやめたらどーやって十代目を守るんだ。 ばかばかしい、くだらない指導。 さっさときりあげて教室に戻ったら十代目がいらっしゃらなかった。 どこにいかれたのかと探せば、野球バカがさっきの授業でつかった資料を資料室に戻しに行かれたと教えてくれた。 あわてて資料室においかける。 さっきの資料?あの量をお一人で?あのバカ本は何をやってやがるんだ! 少し小走りに資料室への道を急ぐ。 すると廊下の向こうに、ふらふらと左右に揺れる影が1つ。 丁度資料室の前だった。 「十代目!」 「ご、獄寺くん?」 小さく聞こえてきた声が、荷物が重すぎてしゃべりにくいことを教えてくれた。 慌てて小走りだったのに勢いをつける。 「十代目!持ちます!」 「え?あ、いいよ。いいから早くあけて!!」 「あけ…?」 「もう目の前だからあけて!!」 切羽詰った声の十代目。 慌てて目の前の資料室の扉を勢いよく開ければ、それと同時に十代目が資料室へとなだれ込む。 「うわあ!」 「十代目っ…!!」 ドサドサっ…! ガタンっ…!! からからから………。 足元を転がっていく、丸まった資料。 散らばる数冊の本。 ばらばらになったその他諸々、先ほどの授業で使ったものたち。 「………あ、ありがとう…。」 咄嗟に伸ばした腕で十代目の腰を支えていた俺のその腕の中で、十代目が小さくほっとしたようなため息を漏らした。 そして聞こえてきた、小さな声。 「いえ。お怪我が無くて何よりです。」 びっくりした。 咄嗟に手が伸びてよかった。 十代目が転ばなくて良かった。 今もまだ、どきどきして。 「いや、流石にあの寮はちょっと厳しいよね。」 「今すぐ俺が…!!」 「先生にダイナマイトはダメだよ。」 「十代目!」 「それより、この散らばった資料片付けないと…。」 今なお十代目残しにまわしていた俺の腕を、十代目が掴んだ。 離せ。ということなのだろう。 細い十代目の腰から、腕を離す。 後から支えたから、十代目の顔はまだ見えていないけれど。 耳が赤いのが少し伺えた。 それに少し、どきりとした。 咄嗟に回した腕に感じた、十代目の腰の細さとか、掌の当たったおなかの感触とか、そういうのが今頃になってリアルに思い出される。 「手伝います。」 「ありがとう。ほんと、俺ってダメツナだなーなんでここでこけるかな…。」 「そんなことないです!あんなに持たされたら誰だってバランス崩しますから!むしろここまでお1人で持ってこられた十代目はさすがです!!」 「あははは。ありがとう。」 拾った本をぱんぱんと叩きながら、十代目が笑う。 俺も慌てて散らばった資料を拾い上げた。 「終った〜〜。早く戻らないと、次の授業が始まっちゃうよ。」 「…ええ、じゅうだ…。」 すべての資料を片付けて、十代目の言葉に顔を上げて。 その瞬間、息を呑んだ。 「何?」 そう。今日はとても暑い日で。 動かないでいたって汗がにじみ出てくる。それくらい暑くて。 そんななか、こんな空調も悪い部屋で二人で資料を片付けて。 暑くない筈が無いのだ。 「十代目…。」 「ん?戻ろうか。」 どきりとした。 一度そう思って、どきりとしてしまってから、どんどんと鼓動は加速していく。 そして込み上げてくる、やましい気持ち。 だって顔を上げたときに、真っ先に見えた十代目の顔が、あまりにも。 そう、あまりにもあの時と同じ顔だったから。 頬をほんのりと赤く染めて、額に滲んだ汗を腕で拭って。 片づけで少し荒くなった呼吸で、俺をちらりと見て笑ったりするから。 その瞬間、その顔が、あまりにも色っぽくて。 まるで情事のときのソレのようで。 キーンコーン カーンコーン 鳴り響く鐘。 慌てたように扉に駆け寄る十代目。 「やばっ…!また補習になっちゃうよ!!もどろっ…ごくでらく……!」 カチャリと十代目が開いたドアに、勢いよく掌を押し当てた。 バタン。 一度開いたドアが、再び閉じて。 そのまま両手を、扉に押し当てる。 扉と、自分の間に、十代目を挟んで。 「獄寺くん?」 振り返った十代目の、不思議そうな顔。 俺のほうが少し背が高いから、自然と上目遣いになるその瞳。 そして暑さのせいで火照る頬。 いつだってあなたは俺を欲情させるのだ。 どんなときも、どんな場所でも。 「すいません。キスしてもいいですか?」 「はあっ!?な、な、何言ってんの!?ここ、どこだと思って…!」 「とまりません。あなたがそんな顔をするから。」 「顔っ…!?」 振り返った十代目の背中を扉に押し付けて。 そのまま何かを言いたそうに開いた唇を、自分のソレでふさいだ。 柔らかなその唇は、燃えるように熱を帯びていて。 絡め取った舌は、もっともっと熱くて。 とまらない感情をそのままに、がむしゃらに口付ける。 「ちょっ…!」 逃げかけた十代目の唇を追いかけて。 じっと見つめれば、少し涙に潤んだ瞳が見えた。 「ずるいよ。獄寺くん…。」 唇を離したと同時に、ずるずると十代目が座り込む。 それを追いかけるように俺も座り込んだ。 「こんなキスされたら、俺だって、とまらない。」 うずめた首筋からは、十代目の汗のにおいがして。 資料室の少し埃っぽい匂いと、十代目の汗のにおい。 そして少しだけ荒くなった呼吸。 言われた言葉の甘美な響き。 「十代目、ココで、してもいいですか?」 「………やっぱり、ずるいよ。獄寺くんは。」 「そうですか?」 「いつだって俺にそうやって決めさせるんだ。何もかも。」 「俺はしたいです。今すぐ、あなたが欲しい。」 「………卑怯だ。」 「じゃあ、なんて言えばいいんですか。」 「黙ってキスしてよ。」 「はい。」 真っ赤になってうつむく十代目に、自然と頬が緩む。 なんて愛しい人なのだろう。 資料室の内鍵に手を伸ばした。 |