□誓 ずっと、ずっと。遠い昔。 父に言われた言葉がある。 その言葉を言った父の瞳の光を、今でも覚えている。 『男はいつか大切な人が出来たときに。』 ぽんっと。頭に大きな大きな手をのせられて。 その手がとても暖かかった。 『その人を守ることが出来るだけの強さを持たなくてはならない。』 力強く頷いた。 その人を守るために、強くならなければとオレも思ったから。 だから毎日頑張ろうと。いつか来るその日のために、強くなっていようと思った。 『だが…男が本当に強くなれるのは、守りたい人が出来たときだ。』 本当に? 意味がわかりかねて首を傾げたら、父は静かに笑った。 ぽん。ぽんと。頭を2回叩かれる。 叩かれて…そして撫でられた。 さらりと髪の毛が揺れて。 視界の端には父の優しい瞳。 『だから、隼人。お前にもいつか大切な人が出来たときに…。』 微笑む――――口元。 久しぶりにこの夢を見た。 幼い頃は良く見ていた夢だったけれど、最近はすっかり忘れていた。 もそりと起き上がって、時計を見る。 まだ、朝の6時。 チャリっと音が響いて、ふっと視線を下に移せばきらりと光る物が見えた。 ただの、チェーン。 それをぎゅっと握り締める。 ほんの昨夜までそこには確かにあったのだ。 カタチあるモノが。 大切に、大切にして、毎日磨いてた。 嵐のリングの片割れが。 『男はいつか大切な人が出来たときに。』 父の、言葉。 『その人を守ることが出来るだけの強さを持たなくてはならない。』 ずきずきと痛む身体のアチコチ。 噛み締めた唇からは血の味。 身体中に巻いた包帯に、少し血が滲み出ていた。 『だが…男が本当に強くなれるのは、守りたい人が出来たときだ。』 本当に強くなれるのは…? オレはどうだ? 傷だらけの掌。 血の滲んだ包帯。 目を瞑れば…。 最後に見た大切な人の泣き顔。 「オレは…。」 ぎゅっと握りこぶしを作る。 爪が手のひらに食い込んで、掌に巻いていた包帯にも血が滲んだ。 悔しかった。 悔しかった。 悔しかった。 悔しかった! 骨折してでもリングを手に入れた、太陽のリングの保持者。 10年後、20年後から駆けつけてきた雷のリングの保持者。 頼るしかなかった。 雨のリング保持者に頼るしかなかった。 「勝ちたかった!」 泣かせたくなかった。 頼りにされたかった。 褒められたかった。 怒らせたくなかった。 役に立ちたかった。 何より、喜ばせたかった。 ほかの誰よりもオレが、あなたを。 「ちくしょうっ…!!!」 ボスっ…!! 布団を両の拳で思い切り叩く。 「ちくしょうちくしょうちくしょうっ…!!」 ボスっ!ボスっ!ボスっ!! 何度も何度も叩いた。 叩いて、叩いて、叩いて。 泣いた。 涙した。 あの時流せなかった涙だ。 あの人が泣いているから泣けなかった。 「十代目ぇ………。」 ぎゅっと布団を握り締める。 重みのなくなったチェーン。 傷だらけの身体。 最後に見た大切な人の涙。 優しく抱きしめてくれた腕。 大切なんです。 誰よりも、何よりも、あなたが大切で、オレの一番大切な人で、大事な人で。 いつか出会える、あなたのために今まで頑張ってきた。 力をつけてきたつもりだった。 あなたの役に立つために、守るために、笑顔でいてもらうために、俺は強くなってきたつもりだった。 「強くなりたい。」 もっと。 もっと。 誰よりも、何よりも。 あなたを守るために。 もう二度と。 こんな悔しい思いをしたくない。 もう二度と。 俺のせいであなたを泣かせたくはない。 この世でたった一人の、オレの大切なあなたのために。 |