ずっと、ずっと。遠い昔。
父に言われた言葉がある。
その言葉を言った父の瞳の光を、今でも覚えている。

『男はいつか大切な人が出来たときに。』

ぽんっと。頭に大きな大きな手をのせられて。
その手がとても暖かかった。

『その人を守ることが出来るだけの強さを持たなくてはならない。』

力強く頷いた。
その人を守るために、強くならなければとオレも思ったから。
だから毎日頑張ろうと。いつか来るその日のために、強くなっていようと思った。

『だが…男が本当に強くなれるのは、守りたい人が出来たときだ。』

本当に?

意味がわかりかねて首を傾げたら、父は静かに笑った。
ぽん。ぽんと。頭を2回叩かれる。
叩かれて…そして撫でられた。
さらりと髪の毛が揺れて。
視界の端には父の優しい瞳。

『だから、隼人。お前にもいつか大切な人が出来たときに…。』

微笑む――――口元。






久しぶりにこの夢を見た。
幼い頃は良く見ていた夢だったけれど、最近はすっかり忘れていた。
もそりと起き上がって、時計を見る。
まだ、朝の6時。

チャリっと音が響いて、ふっと視線を下に移せばきらりと光る物が見えた。

ただの、チェーン。

それをぎゅっと握り締める。
ほんの昨夜までそこには確かにあったのだ。
カタチあるモノが。
大切に、大切にして、毎日磨いてた。
嵐のリングの片割れが。

『男はいつか大切な人が出来たときに。』

父の、言葉。

『その人を守ることが出来るだけの強さを持たなくてはならない。』

ずきずきと痛む身体のアチコチ。
噛み締めた唇からは血の味。
身体中に巻いた包帯に、少し血が滲み出ていた。

『だが…男が本当に強くなれるのは、守りたい人が出来たときだ。』

本当に強くなれるのは…?

オレはどうだ?

傷だらけの掌。
血の滲んだ包帯。

目を瞑れば…。

最後に見た大切な人の泣き顔。

「オレは…。」

ぎゅっと握りこぶしを作る。
爪が手のひらに食い込んで、掌に巻いていた包帯にも血が滲んだ。

悔しかった。
悔しかった。
悔しかった。

悔しかった!

骨折してでもリングを手に入れた、太陽のリングの保持者。
10年後、20年後から駆けつけてきた雷のリングの保持者。
頼るしかなかった。
雨のリング保持者に頼るしかなかった。

「勝ちたかった!」

泣かせたくなかった。
頼りにされたかった。
褒められたかった。
怒らせたくなかった。
役に立ちたかった。

何より、喜ばせたかった。

ほかの誰よりもオレが、あなたを。

「ちくしょうっ…!!!」

ボスっ…!!

布団を両の拳で思い切り叩く。

「ちくしょうちくしょうちくしょうっ…!!」

ボスっ!ボスっ!ボスっ!!

何度も何度も叩いた。
叩いて、叩いて、叩いて。

泣いた。

涙した。

あの時流せなかった涙だ。

あの人が泣いているから泣けなかった。

「十代目ぇ………。」

ぎゅっと布団を握り締める。

重みのなくなったチェーン。
傷だらけの身体。

最後に見た大切な人の涙。

優しく抱きしめてくれた腕。

大切なんです。
誰よりも、何よりも、あなたが大切で、オレの一番大切な人で、大事な人で。
いつか出会える、あなたのために今まで頑張ってきた。
力をつけてきたつもりだった。
あなたの役に立つために、守るために、笑顔でいてもらうために、俺は強くなってきたつもりだった。

「強くなりたい。」

もっと。
もっと。
誰よりも、何よりも。

あなたを守るために。

もう二度と。
こんな悔しい思いをしたくない。

もう二度と。
俺のせいであなたを泣かせたくはない。





この世でたった一人の、オレの大切なあなたのために。




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