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□一つ屋根の下…出会い編その1 まさか自分がこんな出会いをするとは思ってもいなかったのだ。 今まで1人でやってきたし、誰かに世話してもらいたいなんて思ったこと無かった。首に赤やら青やらの首輪をして、薄いガラスの向こう側で寝ている仲間を見れば、なんて哀れなのだろうかと思っていた。そしてなんて情けないのだろうかとも思っていた。人間に頼らなければ生きていけないなんて、ばかばかしい。そんなガラスの窓やら硬い壁に囲まれた家の中に、ずっといなければいけないなんてバカらしい。 そんな世界が嫌で、獄寺隼人は自分の生まれた家を飛び出した。もう1年も前のことだ。生まれたときから自分の母と父はその家の飼い猫だった。 そう。獄寺隼人満1歳。 今では立派な野良猫だ。 生まれたときから父が教えてくれた教えは、『自分のたった一人、大切な人のために生きろ』ということだった。もちろん幼い頃から言われていた言葉に、隼人は自分もいつかそんな人に出会い、そしてその人のために生きるのだろうと漠然と思っていた。だが、生まれた屋敷は広い屋敷ではあったが、自分が『この人』と思える人には出会えなかった。広いとはいえやはりただの敷地内。出会える人間には数が限られていた。 生まれたその屋敷の主―――つまり自分の父と母の飼い主は、どうやらイタリアマフィアの人間らしい。黒いスーツに身を包んだ男たちに囲まれた主の膝の上にはよく母親が乗せられていて、父は主の足元で丸まっていた。屋敷が慌しくなって、主の部下が主の部屋に駆け込んでくると、父はすっくと起き上がり、背中を伸ばして相手を睨みつけた。 主の膝の上でうっとりと目を瞑っていた母も、目を開けて相手を睨みつける。その両親を自分はとても尊敬していた。父にとって一番大切なのは主で、母にとっては、父の大切な主を守ることは使命だと思っていたのだろう。両親にとって大切なのはこの目の前の主なのだ。 だから自分もこの人間を守ろうと思ったときだった。父が静かに言ったのは。今でも覚えている。 『お前にはお前の大切な人が、必ずいる。いつか必ず出合える大切な人が。』 その時の父の力強い言葉は、漠然と『大切な人にいつか会えるだろう』と思っていた隼人の心に火をつけた。『だろう』ではなく、『会いたい』と。 だから自分は自分の大切な人を探した。守りたい人を探した。父や母のように命を懸けて守りたい人を探し続けていた。 広くて狭い、その屋敷の中で。 そしてやはりその屋敷の中では出会える人間に限りがあり、守りたいと思える人間には出会えなかった。 そう思ったら嫌になった。主を守るために自分はココにいるのではない。それは自分の役目ではなく父と母の役目なのだ。ならこの屋敷にいるということは、自分はただ飼われているだけなのだと、たいしたことのない人間を守るためにでもなく、ただ飼われているだけの猫たちと同じなのだと。気がついたら嫌になって飛び出していた。 父も母も、生きていくために主に飼われているのではなかった。そう。『飼われている』のではなかったのだ。 父と母は、『飼われている』のではなく、主を守るために『自らの意思でそこにいた』のだから。 外に出れば出会えるかと思っていた。命を懸けて守りたい人に。でもたいした人間はいなくて、海を渡ってみてもいなくて。出会えなくて…いつのまにか、隼人は諦めていたのだ。そんな人間はいないのだと。父と母が大切に守っていたような人間はいない。あの主ほどの人間など、いないのだ。隼人は諦めていた。 自分には生きている意味などないのだと。 人間なんて自分の欲の為には人を傷つけ、誰かを騙してでも上へと這い上がり、そして人のことなんてどうでもいい。自分さえ良ければ周りの人間などどうなってもいい。そんな風に考えている生き物なのだと、外の世界に飛び出してよくわかった。 なんてくだらなくて、なさけなくて、生きている価値もない生き物なのだろうか。 人間を嫌うには十分なほどに嫌なものをたくさん目にしてきた隼人にとって、もう人間は『自分の守りたい大切な存在』としての対象ではなくなっていた。 |