しい



「ここは…。」

目の前に広がった景色に目を細める。
懐かしい町並みと、懐かしい匂い。
10年前、何度も何度もこの道を通った。
自分の家から歩いて10分の道のりが、遠く感じたり近く感じたり。
それは10代目に会いに行くために通るときはとても遠く、10代目と並んで歩く時にはとても近く感じた道のりだった。
その終着点。
振り返って見上げれば、そこには。
何度も一緒にすごした十代目のお宅があって、そして視線の先には記憶のまま変わらない十代目の部屋のカーテンが風になびいているのが見えた。
目を閉じれば鮮明に思い出す。懐かしい日々だ。
何度も息を吸って、吐いて。
懐かしい空気に涙が出そうになった。

今の自分達が住む世界とは違う、穏やかな空気。
今あの部屋には…10年前の10代目はいないはずだ。
なぜなら10年前の10代目は、今の自分達の世界にいるから。
本来なら自分守らなければならないのに、この10年前の世界に飛ばされて。
きっと今十代目の傍には、あの頃の自分がいるはずだ。
自分で自分に妬くなんてみっともないとは思うけれど。
それでもやはりいつの時代の10代目も自分が守りたいと思ってしまう。
悔しいけれど。でも、他の奴にまかせるよりは、10年前の自分に任せたほうがいい。

「くそっ…。」

しっかりしろ。俺。
心の中でつぶやいて。
置いてきた数々の品が役に立てば良いけれど。
10年前の自分がソレに気がつけば良いけれど。
10年前の自分が、10年前の10代目を守れればよいけれど。
いや、守ってくれ。
心から、願う。

あの10代目の部屋には…俺の十代目がいるはずだ。
唇を噛み締めて窓をにらみつける。
あなたはこの国が好きでした。
この町が好きでした。
その部屋があなたの安らげる部屋でした。

片時も離れないとちかったのに。
ほんの数分でしたが離れてしまってごめんなさい。

いますぐに傍に行きますから。

一瞬ためらった足を、そのまま前へと踏み出す。

「10代目…。」

泣くな。
まかせればいい。
あとはなるようにしかならない。
10年前の自分と、10年前の10代目に任せるしかないのだ。

ぎゅっと握りこぶしをひとつつくって。
そのまま懐かしい10代目のお宅のインターホンに指を押し当てた。







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