□素



最初獄寺君をみたとき、怖いなって思った。
でもこんなオレを慕ってくれて、笑顔を向けてくれて。

『あ。十代目!もうお帰りですか?』

オレの姿を見かけた瞬間、にっと笑って。
ぶんぶんと大きく腕を振りながら駆け寄ってきてくれる。
まるで犬みたいだと思った。
こんなオレを慕ってくれて、大切だって言ってくれて、必要だって言ってくれて。
恥ずかしいけれども、正直嬉しい。
たまに恥ずかしいセリフをさらりと言ったり、人前で恥ずかしいことをしたりするけれども、それでもオレのためなんだって思ったらやっぱり嬉しくて。

ぎらぎらしていた瞳が、優しくなって。
いつも寄ってた眉間の皺がなくなって、笑顔を向けてくれて。

それは、オレにだけ。

って、わかっているけれども。
それはほんの優越感でもあるし、嬉しいことなんだけれども。

山本の顔を見ればケンカをふっかけて、眉間に皺を寄せて。

そんな獄寺君を見ていて、ちくりと。胸が痛むんだ。
オレには敬語なのに、山本にはタメ口なんだね。
山本には言いたいこと全部ぶちまけて、オレにはいつも一線引くんだね。

『そんな、十代目のお手を煩わせるわけには…!』

見えない、一線。でもそれはオレと君との間に、しっかりと引かれた線。

ずかずかはいっていく山本みたいにオレもできたら、この関係も一歩進むんだろうか。





もうすぐ日が沈む。
委員会が長いから、先に帰ってイイよって言ったのに。
きっと獄寺君は教室で待っていてくれているんだろう。
いつもみたいに。暇をもてあそびながら、部活中の山本のいるグラウンドを眺めて。
きっとオレのことを待っている。

もう誰もいない教室のドアを開けようとして、意味もなくその手をとめた。
カキーン!と微かに聞こえるのは、野球部が練習している時にいつも聞こえてくる音だ。

教室と廊下を隔てた、たった1枚のドア。
ちょうど目の高さに窓がついていて。

覗き込んだ教室。
夕陽が燃えるように紅く射し込んで、浮かび上がった獄寺君の背中が見えた。
顔が、見えない。

どきん。どきん。と。

心臓の音が大きくなっていく。
真っ赤な夕陽。
椅子にだらしなく座りながら、窓枠に寄りかかって。
じっと。グラウンドを眺める後姿。

ドアから離れて、もう一方のドアへと歩いていく。
そこのドアから中を覗き込めば、さっきまで見えなかった獄寺君の顔が見えた。


オレにだけ笑顔を向けてくれる獄寺君。
オレを大切だと言ってくれる獄寺君。
オレを一生守ってくれると言ってくれる獄寺君。

ずっと、一緒に。
ずっと、傍にいると、言ってくれる獄寺君。

オレにだけ向けてくれる笑顔。
オレにだけ言ってくれる言葉。


泣きそうだった。
なんでかわからないけれども胸が苦しくて。

グラウンドを眺める獄寺君の頬が紅いのは夕陽のせいなだけ?

グラウンドを眺める獄寺君の瞳が、オレを見る獄寺君の瞳と違うのは気のせい?

笑顔じゃない。
真剣な瞳。

それでいて、どこか、艶を含んだようなその瞳は―――。

ねぇ?気づいてる?
自分で、気がついてる?

オレにだけ向けてくれる笑顔。

オレには向けてくれない、瞳。

山本にだけ、向けるその顔に。

自分で気がついてる?

泣きそうだった。
なんでかなんてわからない。

獄寺君の笑顔を独り占めしているのはオレ。
獄寺君の気持ちを独り占めしているのは――――。

オレじゃない。



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