ムオバー



彼に会える日はいつも気まぐれだ。
それどころか、回数も、時間も気まぐれだ。
毎日会ったと思えば、1週間近く会えなかったり。
一日に3回も4回も会えたり、1回だけだったり。
それはいつも幼いランボの気まぐれでしかない。

「らんぼさんの傘だもんね!」

母さんに買ってもらった真新しい傘を、雨も降っていないというのに部屋の中で開いたり閉じたり。
さっきから凄く嬉しそうなランボを、じっと眺めていた。
もう1週間、会ってないんだけどな?
気づいているのかお前は。

泣きたくなるようなことが無いと、ランボはそれを使わない。
それどころかそんなもの持っていない。知らない。と。あれだけよくもまぁ使っていて言えるなと思うようなことを言ってくる。

「がはははは!羨ましいだろ!」

さっきから得意げに見せてくる傘は、ランボ似よく似合うとても上品な色をしたグリーンの傘。
窓の外を見れば、真っ青な青空が広がっている。
雨なんて降りそうになかった。

「良かったな。ランボ。」

ぽんっと頭に手を置いて、もじゃもじゃの髪をくしゃくしゃと撫でてやると、ランボは凄く得意げに笑った。

せめて、5分でもいいんだけど。

5分でいいから、会えないかな?

と、その時。

「ぐぴゃ!」
どさっ!

嫌な予感に振り返る。
傘を振り回していたランボが、勢いあまったのか。その場で派手に転がっていた。

「ら、らんぼ?平気か?」

あ〜あ〜と呆れて手を伸ばせば、ランボの隣にある傘に目が釘付けになった。
どっからどうみても。ぽっきり。そう。ぽっきり。

ありえないだろその折れ方は!

「ぐぴゃああああ!!!ら、らんぼさんの、らんぼさんの、ままんに買ってもらった傘!」
「お前がこんな狭いところで使うからだろー?ほら、いいから…。」

が ま ん …

と唇を噛み締めていたランボの大きな瞳が、うるりと潤む。
不謹慎だと思ったけれども、自然とごくりとつばを飲み込んでしまった。
ランボが自分の身体の大きさに似つかわしくないバズーカを取り出す。

「ら、ランボ!」
「うわあああああんんんん!」

ぼうんっ…!!

ああやっぱり!!!

思ったときにはすでにあたり一面白い煙で覆われていて。
バル○ンたいちゃいましたみたいなその状況に、慌てて目を袖口で覆う。

「ごほっ、ごほっ…!」

喉の奥がイガイガした。
イガイガして…びくりと肩が震える。
さっきまでの小さなランボの気配とは違う。
白い煙の向こうから、彼のものだとすぐにわかる甘いけれどもさっぱりとした香水の香。
揺れる人影。

「あれ?ああ…また来てしまいましたね。お久しぶりです。若きボンゴレ、10代目。」

まるで道端でたまたま再会しました。
みたいな感じで挨拶する彼に抱きつきたかった。
でも…身体が動かなくて。

「ちょっとお邪魔しますね。ほんの5分間ですが、お世話になります。」
「な…に、他人行儀なこと言ってんだよ。」

声が震えた。
言いたいこと。
話したいこと。
沢山あった。次に大人ランボに会ったら言いたいことがたくさんあって、伝えたいことが沢山あって。
なのに、いいたいと思っていた言葉とかそういうのが、全部頭の中から消えうせてしまって。

「今日は獄寺氏や山本氏はいらっしゃらないんですね。」
「う…ん。今日はランボが母さんと買い物に行って…傘を買ったんだけど、折れちゃって。ランボが大泣きしちゃってさ。」

ベットに寄りかかるようにして座ると、当たり前のようにランボもその隣に座った。
鼻を擽る香水の香とランボの香に、頭がくらついた。

「ああ。そういえばそんなこともありましたね。懐かしいな。」
「ほんと、お前いい加減バズーカそうぽんぽん撃つなよ。」
「今はそんなに撃ってませんよ?」
「って10年たってもも撃ってんの!?」
「たまに…ですって。」
「…ふうん。」

とくん。とくん。
たわいもない話。
言いたいことが沢山あって、話したいことも沢山あって。
なのにずっと思ってたことは口に出来なくて。

いつも大人ランボが来てもまわりには沢山の人がいて、獄寺くんが騒ぎ出しちゃうからあまりこうして話も出来なくて。
だから今が本当にチャンスなのに…。
自分の心臓の音だけが煩かった。

「ランボってもてそうだよね。」
「……ええっと?」
「恋人とか、いるの?」
「………どう思います?」
「いそう。なんか10年の間に何が会ったのかって思うくらい、ランボ色っぽくなってるしさ。」

なんでこんな話をふってしまったのか、自分でもわからない。
体育すわりの膝の上に腕を組んで。頭をこつんと乗せる。ランボのほうを見れば、ランボは何か考え込んだようにじっと前を向いていた。
そのランボが、くるりと俺のほうを見る。
ばちり。と目と目があって、急に頬が熱くなった。

「それは好きな人が出来たからです。」
「恋人?」
「ではないです。けれど、ずっとずっと幼い頃から好きな人がオレにはいて、その人はとても魅力的な人で、まわりにも魅力的な人が沢山いて。だから振り向いてもらうためにはオレもその人につりあえるだけの人になりたいって思って…。獄寺さんにはどんなに頑張っても無理だって、身分違いだってバカにされてそれがまた悔しくて…。だから、オレ、頑張ってその人につりあいたいって、努力中…かな?」

そう言ったランボの瞳が、いつもの瞳とは違っていて。
心底優しい瞳に、目が奪われた。
奪われたと同時に、胸の奥底がつきりと痛む。
痛んだ次の瞬間、ばくん。ばくん。と心臓の音が大きく加速していって…。

「オレ、その人に1回すごく迷惑かけてしまったんですよ。心配させてしまいましたし、お役に立てなくて。その時の悔しさとか、今でもまだ覚えてます。もしまたそういう機会があったら、今度こそお役に立ちたいです。」
「ふゥん…すごく、好きなんだね。その人のこと。」

もう聞きたくないと思った。
折角たくさんランボが話してくれているけれども、もう聞きたくないと思った。
自分から話題をふっておいてなんだけれど、さっきから胸が痛いだけで面白くもない。
ランボのことが見れなくて、ぎゅっと目を瞑って下を向く。
そんな俺のチカラの込められた肩に、ぽんっとランボの手がのせられて。
そのままくいっとひっぱられて、ランボのほうを見れば。
ランボが手の甲を、俺に見せてきた。
きらりと光ったソレが眩しくて、一瞬目がくらむ。

「もう二度と、あの時みたいな失態はお見せしませんよ?コレがこの指からなくなることはありません。ボンゴレ。」

「え?」

ぼわん!

「ツナ!」
「ら、らんぼっ!?」

ほんの5分前まではないていた小さなランボが、がばりと飛びついてくる。
それを慌てて受け止めて、さっきのランボの最後の言葉を思い出した。
何を言っているのかと聞き返そうかと思って顔を上げた瞬間、ランボが見せてくれた手。

「がははは!飴、貰っちゃったもんね!」
「誰から?」

言われて見ればランボの好きなぶどうの飴の香が鼻を擽った。

「内緒!って、約束した。」
「………。」

10年後のランボと入れ替わったランボ。
10年後のランボの一番近くにいた人物。

きらりと。ランボの髪の毛の中で、何かが光る。

「………。」

とたんに、身体中がカーッと熱くなった。

「ツナ?真っ赤だぞ?」
「………。」

慌てて口元を押さえる。
最後、ランボはなんて言ってた?
見せてくれた手。長い指。
はまっていたのは。そう。



雷のリング。





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