■■■ 10. thumbtack


「つっ……。」

指先に感じた痛みに、思わず反射的に手を引いた。
慌てて口に含めば、舌先に痺れるような鉄の味を感じて、悟空は少しだけ眉を寄せる。
じんじんと痛むその指先を口に咥えたまま、反射的に手を引いたことで机の上から転がり落ちた画鋲をじっと目で追った。

「ばかが。」

三蔵の低い声に、びくっと肩を震わせて。
ちろりと横を見れば、三蔵があきれたような顔をしていた。

「なんだよさんぞー。」

もう一度ぺろりと舌で舐めて、悟空は指先を口から出した。
自分の唾液でてらてらと光る指先をじっと見つめて、その指で床に転がり落ちた画鋲をつまんで拾い上げる。

部屋の明かりにキラキラ輝くその黄金色の鋲は、まるで三蔵みたいだと思った。
簡単な気持ちで触れれば、指先にアトを残して。
ぽつっとあいた傷口に、ぷっくりと浮かび上がる紅の血。

「しかもまだ血、止まってねぇじゃねぇか。」

「あ。」

三蔵が自分の手首を掴んで、驚いて再び反射的に引こうとした手が逆に引っ張られる。
待ってといおうとした口は、どうしていいのかわからずにそのまま開いたままで。
目の前で三蔵の顔がゆっくりと動くのを、まるでスローモーションを見ているようなそんな感覚でぼっと見ていた。

さらりとあの大好きな、三蔵の黄金色の髪の毛が揺れる。
そしてそれはさらりと、自分の手首を掠めた。
それにぞわりと背中が粟立つ。

「さん、三蔵?」

問いかけても答えは無かった。
三蔵の綺麗な綺麗な顔。
いつも見上げている顔が、何故か今、自分の視線よりも下にあって。

三蔵の唇が、自分の指先に触れた瞬間。立っていられないんじゃないかと思うくらいに、足が震えた。
足のつま先から、頭のてっぺんにかけて、ぞわぞわと這い上がってくる何か。
気持ちが悪いともとれるその感覚に、悟空はぎゅっと目をつぶった。

「待って。汚いからっ…俺、舐めたし。」

ぐいっと三蔵の肩を押しても、三蔵はその力を無視してそのまま悟空の指先に舌先を当てる。
とたんにびくっと悟空の肩が再び跳ねて、悟空の指先がかたかたと震えだして。

「さんっ…ぞっ…!」

困ったような瞳を死ながらも、頬を真っ赤に染めて。
悟空は三蔵を見つめた。
血の滲む指先は傷のせいなのか、三蔵の舌が当たるたびにじんじんと熱を帯びて。
その熱を帯びた指先から、じんわりと広がっていく何か。
胸が苦しくて、呼吸がうまく出来なくて、頭の中は混乱して、何も考えられなくなる。

立っていられなくて、ぐらりと揺れた身体が…三蔵に倒れこんだ。

「猿。おもてぇよ。」

耳元にかかった吐息と、低い声に身体が再び震える。
震えの止まらない唇で、悟空はなんとか言葉を発した。

「誰のせいだと思ってんだよ…。」

いくらすごんでみても。
熱っぽく呂律の回らない舌でいった言葉は、ただの甘い囁きでしかなくて。






→画鋲



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