■■■ 17. prayer


願いはかなえるんじゃない。

自分で掴み取るもの。

ソレを知っていてなお。

望んで望んで止まないもの。

願いは祈りにも近く。

自分で掴み取ることができないのならば、それは切なる祈りになって。



三蔵が夜中に、飛び起きるのを知ってる。
苦しそうに呻いて、汗を体中から噴出して。
苦しそうに胸元を掴んで、頭を振って。
噛み締めた唇から血が滲んでいるのが見えて、俺は慌ててその口を指でこじ開けて、自分の指を差し入れた。
噛み千切られるじゃないかと思うくらいに、力強い三蔵の力。
ぎりぎりとかまれた指が、痺れて、感覚が薄れていく。

泣きたくなって、目の前が涙でにじんで。
声にならない涙が零れた。
あふれて、あふれて、あふれて零れ落ちて。
ぽたぽたと俺の瞳から落ちら涙が、三蔵の頬を、瞼を、唇を、濡らして。
月明かりにその涙がキラキラと輝いた。

「さんぞっ…!!!」

どうしていいかわからない。
三蔵が自分の舌をかんでしまわないように、こうして自分の指を入れることしかできない。
起こしたほうがいいのかと思って、声をかけてぐいっと体をゆする。
三蔵のこれでもかってくらいに寄せられた眉根が、ぴくりと僅かに動いた。

「くっ…。」

ばちっと三蔵の瞳が開いて、呻き声が途切れる。
緩んだ三蔵の口から、俺は自分の指を引き抜いた。
痺れて感覚を失っていた指から、ぬるりとした液体がぽたりと落ちる。
月明かりでも十分にわかるほど、真っ赤なその液体。
慌てて自分の後ろにその指を隠した。

「三蔵?大丈夫か?うなされてたけど…。」
「……悟空?」

まだ夢と現実を混乱しているのか、三蔵が困惑した瞳で俺をみた。
青ざめた三蔵の顔が、歪む。
ゆったりと瞳を閉じて、瞼を手のひらで覆って。
深く深く、重たいため息をついて。
ゆっくりと起き上がると、唇の端からたれた血を指で拭った。

「………クソ…。」

三蔵の指先に付いた血をみると、俺はその腕を掴んで。
自分の口元に寄せる。
ぺろりと舐めれば、その指先が僅かにぴくりと動いた。

「何してる。クソ猿。」
「………三蔵、唇が切れてるね。」

俺の言葉に三蔵の眉間に益々皺が寄った。
その皺にそっと唇を押し当てて、三蔵の切れた唇にそっと舌を伸ばして。
ぺろりと舐める。
一瞬身を引いた三蔵を、追いかけるようにそのまま舌を押し当てて。
舌先に感じる血の味に頭の芯が痺れた。

「夢を見たの?」

目の前にある三蔵の紫暗の瞳が揺らぐ。
三蔵のいまだ少し荒い息が、唇にかかって。
まだ少し血の滲む唇を再び舐めれば、三蔵の熱い舌が差し出された。
それをそのまま舌で舐めると、自ら口に含んだ。

「んっ…。」

自ら口内に招きいれた三蔵の舌は熱く、ざらついていて、そして柔らかくて。
ねっとりとしたその舌の動きに身を任せ、三蔵の頬を両手で掴もうとして…ぬるりとした感触に、はっと瞳を開けた。
隠していた自分の指先が、三蔵の綺麗な頬に触れて。
指先からあふれ出る真っ赤な血が、三蔵の頬についてしまった。

三蔵はそれにすぐに気がついたのか、俺の手首をがしっと掴んで。
そのまま俺の手を、まじまじと。見つめて眉を寄せた。

「…これはどうした?」
「………三蔵の唇が切れてて、血が出たから…それを拭おうとしただけ。」

嘘なんてすぐばれるとわかっていたけれども、そういうしかなくて。
俺の言葉に三蔵は深くため息をついて。
俺の指先を口に咥えた。

とたんに痺れるような感覚がして、じんじんとした痛みに体が跳ねた。
痛いのは、切れてるから。
そんなのわかってる。
あえて何もいわないと、三蔵はほらみろとでもいいたそうな瞳で俺を見て、そのまま舌先を吸い上げる。
切れたところからあふれ出る血を、すべて吸い上げられるんじゃないかって感覚。

「ァっ…。」

寝間着のすそから三蔵の指先が忍び込んできて、指先に行ってた意識が一瞬でそっちに移る。
冷たい三蔵の指先は、俺の体の熱ですぐに暖かくなる。

「お前は暖かい。」
「どうせお子様だよ。」
「………暖かい。」

俺の胸元に額を押し当てて。
俺の手首を掴んでいた三蔵の手が、俺の腰に回される。
そのまま開放された手をどうしていいかわからずにみれば、三蔵の唾液といまだあふれる血液でてらてらと月明かりに輝く指先。
どくんっと心臓が跳ねた。

熱い三蔵の吐息を胸元に感じる。
俺の背中を撫でる三蔵の大きな手の感触。
身体は益々、益々―――熱を帯びて。

月明かりに照らされた部屋。

いまだ先ほどの汗で濡れる三蔵の髪は、三蔵の額や項に張り付いていて。
それを指で拭うと、そっと三蔵の金色の髪に唇を寄せた。





願わくば。

願わくば。どうか。

三蔵を救ってあげて欲しい。
俺が三蔵の夢の中まではいっていけたなら。
そう思ったことは数少なくない。
はいっていって、救ってあげられたらと。なんど思ったことか。

誰でもいい。
俺ができないのは悔しいけど。
でも三蔵が苦しむのを見るのは嫌だ。
嫌だ。
それが一番嫌だ。

だから。

誰か。

三蔵を。

夢の中でさえ、うなされ続ける三蔵を。



救ってあげて欲しい。



あの暗闇から、三蔵が俺を助けてくれたように。
この暗闇から、誰か三蔵を救ってあげて。






→祈り



>>>戻る