■■■ 02. espresso


くんっと鼻をいい匂いがついて鼻を鳴らした。
目の前でばさりと新聞をめくって、三蔵がその匂いのするカップを口に運ぶ。
その真っ黒い液体の、少し苦そうで暖かそうな匂いは、俺の食欲をさらに煽って。
お腹がぐーっと音を立てた。
少しよだれが出そうな口元に指を持っていって、じっと三蔵のそのカップを見つめる。

「うまそー。」
「あ?」

俺の言葉に三蔵が顔を上げる。
じーっと三蔵の手の中の白いカップを見ていた俺に、三蔵は小さくため息をついてカップを俺に差し出した。

「いいの?」
「ウザイからさっさと飲め。」
「わーい!ありがとーさんぞー!!」

受け取ったカップは手の中でほんわか暖かくて。
ごっくんっと一気に口に含んだら、舌の上に苦ーい食感。

「にっげー!!!」

あまりにもな苦さに、バタバタと暴れれば、

「うるせえ!!!」

すぱーんっといつものように三蔵にハリセンでたたかれた。
痛む頭を抑えながら、いまだにイガイガと苦い舌をべろっと出して。

「だってコレ、ちょーにげぇんだもんよ!三蔵よくこんなの…!」
「煩い。じゃあ、飲むな。」
「でも俺、三蔵がおいしそうに飲んでるから、のんでみたかったんだもんよ!三蔵が飲んでるもん、俺も飲んでみたかったんだからしょうがねぇじゃん!!」

じーっと三蔵をみる。
そう。別に美味そうな匂いがしたから…とかだけの理由じゃない。
三蔵と同じものを、同じこの部屋で飲んでみたかっただけ。
でも三蔵が自分が飲んでいるものをくれるなんて、思ってもいなかった。
けれどもらえたから、それだけでもすっごく嬉しかったのに。

ちょっと寂しくなって、うつむくと。
再び三蔵の小さなのため息が聞こえて、ばさりと新聞を机の上に投げ捨てたのが聞こえた。
すたすたと三蔵の足音が聞こえる。
煩く騒いだから、どっか別のところにいっちゃうのかもしれない。
折角邪魔をしないという約束をして、傍にいさせてもらったのに、やっぱり煩く騒ぎすぎたかと謝ろうかと顔を上げた瞬間、目の前にカップがコトリと置かれた。

白いカップの中には、茶色い液体。
白い泡みたいなのが浮かんでる。
さっきと同じ匂いの中に、甘いまろやかな香りが加わって。

「それなら飲めるだろ。」
「え?」

手にとって、さっきと同じ暖かさをてのひらに感じて。
口を近づけると、やっぱりいい匂い。
ぺろりと舌先で舐めると、舌先が少しぴりぴりした。
息をかけて少し冷ましてから、一気に口に含む。

「甘い。」

砂糖たっぷり。牛乳たっぷり。
その甘い液体に、ほんのりと顔が緩んだ。

「さっきのを少しアレンジしただけだ。」
「うん!!」

ほんわかあったかくて、甘くて、ミルクの味がして。
さっきとは違う飲み物。
でも元は一緒らしい。
飲んだアトに少しだけ、ほろ苦さが口の中に残る。

嬉しくて、暖かくて、顔が緩む。
顔が緩むのは、コレが美味しいからだけじゃない。
三蔵の時たま見せてくれる、優しさに触れたから。

三蔵がいれてくれた、その甘い飲み物を、俺はぐいっと飲み干した。




→エスプレッソ



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