■■■ 21. reason


「な…んで?三蔵…。」

金色の、まあるい、まあるい、大きな瞳。
それからぽろりと。
大きな瞳に負けないくらい大きな涙が一粒、零れた。
その涙を見ながら、三蔵はチっと軽く舌打ちをした。
悟空の涙には弱い。
それは自分でも呆れるほどわかっていた。
他の誰が泣こうとどうでもいいのだが、悟空の涙にだけは弱い。
もともと感情豊かな悟空なのだから、涙なんてしょっちゅうなのだけれども。
こういう…少し堪えるようにかみ締められた唇がゆっくりと開いて、不安げに揺れる瞳から一粒だけ。零す悟空の涙にはめっぽう弱かった。

健康的な悟空の肌に滑らせていた指をはなそうと力をこめれば、指先に僅かにかかった力に反応したのか、悟空の肩がピクリと揺れる。
そして見れば、恐る恐る自分を見上げる悟空の顔。
小さな悟空の体を組み敷いていた体勢を、くるりとかえてそのまま立ち上がる。

「さんぞ…?」

ちらりと振り返れば、悟空の肩についた歯形が目に入った。
先ほど自分が衝動的に噛み付いたアト。
噛み付いた瞬間悟空が痛みを訴えたがとまらなくて、そのまま噛み付いた痛々しいアトだ。

むくりと起き上がった悟空の、不安げな瞳にイライラした。

体を震わせて、俺を見る、おびえた瞳。

脅えてんじゃねぇよ。

喉まででかかった言葉を飲み込む。
悟空が望む関係が、コレだったわけじゃないのは知ってる。

いつまでも傍にいたいと。
俺を傍にいさせてと。
しがみついてきた悟空に、抑えていた理性の糸が切れたのは数日前。
悟空が求めていたのが、コレでないのは知っていたけれど。
しがみついてくる悟空に、理性の糸が切れた。
それまで必死に保ってきていた理性の糸が切れたのだ。

怖い夢でも見たのか、少し寝ぼけながら。
涙を零して起きた悟空が、俺にしがみついてきたあの朝に。

一度知ってしまったら、こうなることはわかっていた。

いくら堪えても、今までなら堪えていられた欲が堪えられなくなる。
悟空の体にかかる負担も、心に負わせてしまう傷も、わかっていたけれど。
悟空は俺を失うのが怖くて、ソレを拒否できないということも。

「しないの?」
「………。」

イライラした。
脅えた瞳で、行為を中断した理由を聞かれるのも。

「鏡でも見て来い。」

言ってタバコを咥える。
悟空は意味がわからないといった瞳で、俺をじっと見てくる。
何も言わずにタバコを咥えて月を見上げる俺に諦めたのか、悟空はふうっとため息をついて立ち上がった。
ぎしりと木製の床がきしむ音がして、ぺたぺたと音が響く。

そしてばたんと部屋に備え付けのシャワールームの扉の音が響いた。
そして続けて聞こえてくるシャワーの音。
バカ正直に風呂場まで鏡を見に行った猿に、益々イライラは募る。
どうしようもない苛立ち。

「クソっ…。」

タバコを灰皿に押し付けて、立ち上がる。
そのまま上着を脱ぎ捨てると、シャワー室の扉を勢いよく開いた。

がばっと。
扉が開いたことに驚いて悟空が振り返る。
浴槽に手をついてしゃがみこんでいた悟空が顔を上げた。
一瞬大きな瞳を、更に大きく見開いて。
シャワーを頭から被っていた悟空の瞳から、シャワーの水とは明らかに違う雫が零れた。
黄金色の瞳は朱みを帯びていて…。

「三蔵…。」
「泣いてンじゃねぇよ。」
「…俺じゃ…三蔵、満足できない?」
「………。」

いわれた言葉に、どきりとした。
心臓がわしづかみにされたみたいな、そんな感覚に陥る。
一体何がどうなって、そういうことになっているんだ。
悟空の思考回路がわからない。

「……だから、もう…嫌なんだ?」
「てめぇは…俺がなんでお前を抱くのかもわかってねぇのか?」
「………わかんねぇよ。三蔵、何も言ってくれないじゃんか。」

わかった。
わかって…ため息が出た。

こいつは、言葉を求めているのだ。
俺からの言葉を。
だからこういうことを言い出した。
猿並の頭の悟空にまんまと嵌められたことがわかって、唇をかみ締める。
こんなときだけ、頭を働かせやがって。

「俺は三蔵が好きだよ。さっきのも…三蔵とだったらいい。三蔵とじゃなきゃしたくねぇけど。三蔵は?」
「………。」
「三蔵は俺のこと、好きなのかよ?」

イライラした。
イライラしたけれど。
でも…。

シャワーの音が狭い浴場に響いて。
もやもやと湯気が立ちこもる中。
ばかみたいに泣いてる悟空の顎を、掴んだ。

「吐き気がする。」
「え?」
「てめぇ以外に、こんなことできねぇよ。」

ぐいっと顎を引き寄せて。
そのまま柔らかな唇をむさぼった。

したくもないし、できない。
それは事実。

悟空以外とだなんて考えたこともなかった。
考えたら吐き気がしてきた。
しれが答え。
直接的ではないけれども。

「しない…じゃなくて、できないんだ?」

にっと嬉しそうに、さっき泣いた猿が笑った。
瞳に涙をためたまま、いつもみたいに笑う悟空。

小さく舌打ちして、再び悟空の唇を塞ぐ。

耳に響くシャワーの音。
もやもやと視界を覆う暖かな湯気。
頭がぽーっと熱くなって、くらくらしてきたのは…。

きっとこの浴場のせいだけじゃない。

俺が抱きたいと思うのも、体が動くのも。
悟空が相手だから。

それが真実。






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