■■■ 23. early-winter shower


「うー…寒いー。」

冷たい風が吹くようになって、ぶるりと身体を震わせる。
最近風が冷たい。
冬が近いからかもしれない。
三蔵を迎えに行こうと思って寺院を出ようとしたとたん、身体を震わせた風に少し眉を寄せた。
寒がりの三蔵のことだから、機嫌が悪くなっているかもしれない。
一度止めた足を前に出そうとした瞬間。

ぱらぱらぱら。

音がして顔を上げたら突然雨が降ってきた。

ぱらぱらぱら。

まばらな音があたりに響く。
それにまた、悟空は眉を寄せて。
軽くため息をつく。
ただでさえ寒いのに、雨だ。
雨の日は――――三蔵の機嫌が悪い。
どこが…とは言えないけれど、どことなくいつも以上に近寄りがたいのだ。
眉間の皺も少し増えているような気がする。
そしてあまり――――言葉を発しない。
無言で、窓の外を、降り注ぐ雨を、見ているだけ。
雨をと言うよりも、もっと遠い、どこか。
どこか…というよりも…何と言って言いのかわらかないけれど、三蔵にしか見えない遠い何かを見ているような気がするのだ。
その時はいくら自分が声をかけても三蔵は振り返らない。
振り返っても、自分を見てはくれないのだ。
それが―――悟空には切なくなるほど辛いことなのだ。

とりあえず三蔵も傘を持っていないはずなので、傘を取りに寺院に戻る。
三蔵に買ってもらった黄色い傘。それは自分のだ。
そして三蔵の黒い傘。自分のよりも大きめの傘だ。
まず自分のを手にとって、次に三蔵のを手にとって………。
窓の外を見る。

ぱらぱらぱら。

あまり激しくない雨の音。
なんとなく。なんとなくだけれど。
不機嫌そうな三蔵の顔が、ちらりちらりと頭に浮かぶのだけれど。

なんとなく。
なんとなく。傘を1本、戻した。

戻して――――手元に残った傘を、握り締めて。
にっと笑うと、そのまま寺院を飛び出した。















ぽつぽつぽつ。
そんなに激しくないから、もうすぐやんでしまうかもしれない。
三蔵の傘は、自分にはちょっと大きくて、冷たい風が吹くたびによろよろとよろけたけれど。
それでもぎゅっと握り締めて。
三蔵が出かけた先への地図を頭の中に浮かべて。
たった。たったと軽快に歩いていく。
目的地に近付くに連れて、心なしか足取りは軽くなって。
雨なのにそんなの気にならなかった。

ぱらぱらと降る雨は、さした傘にぽつぽつと音を立てた。
へへっと笑って、笑って。

たった。たったと歩いて。

ぱらぱらと降る雨の向こう側。
きらりと光る光が見えた。

想像したとおりの不機嫌そうな顔で、頭の上に腕をかざして。
雨の中なのにタバコはやっぱり咥えてて。
眉間の皺をいつもよりも3割り増しにした、自分の大好きな人。

「さんぞー!」
「………。」

手を振って、駆け寄る。
駆け寄れば、少しだけ三蔵が驚いたような顔をした。
それがちょっと楽しい。
楽しくて、嬉しくて。
三蔵の濡れた金色の髪の上に傘を差し出す。
黒いその傘は、三蔵の物。

「雨が降ってきたから、迎えにきた。」
「……雨が降ってから寺院を出たのか?それで傘1本か。」
「だって、そんなに強くなかったから。二人で一つで十分だろ?」

にっと笑う。
そんな悟空に三蔵はため息を一つ。
タバコを咥えた口から紫煙を吐き出すと、三蔵は濡れた髪の毛を手で梳いた。
その仕草が、どこか色っぽくて。
悟空はじっと、じっと。三蔵を見た。
ほんの少し降っていただけだから、三蔵の髪の毛はそんなに濡れていなくて。
悟空は再び笑う。

「帰ろう?」
「…あぁ。」

二人並んで、歩いて。

ぱたぱたと降る雨。
その雨に濡れないように、綺麗な三蔵が濡れないように。
悟空は震える腕に力をこめた。
悟空と三蔵の身長差。
傘を持つ悟空の方が低いので、少し腕が辛い。
でも。
三蔵と一つの傘の中にいるのは嬉しくて。
彼の体温も匂いも、僅かに感じるオーラみたいな、彼の空気も。
凄く間近に感じられるのが嬉しくて。
だからもっと近くに、もっと傍に。
傘を差し出して、三蔵に近付く。

「ばか猿。濡れてんだよ。」
「ごめんっ。」

見れば三蔵の肩が傘からはみ出てた。
だから一生懸命三蔵の方へと傘を伸ばす。
すると自分の肩が今度は濡れるのだが、それはかまわなかった。
三蔵の嫌う雨から、三蔵を守れればと。
必死に腕を伸ばして。

「今度はてめぇが濡れてるじゃねぇか。」
「でも。三蔵が濡れるよりはマシだ。」

悟空の真剣な声。
三蔵はもう一度ため息を一つついて…口に咥えていたタバコを落とした。
じゅっと音がして、濡れた地面の上でそれは三蔵に踏み消される。
悟空がそのタバコを見て傘から意識を離した瞬間、悟空の小さな手から不釣合いな大きな傘が三蔵に奪われる。

「え?」

急に軽くなった手に驚いて悟空が顔を上げれば、いつものような無表情で三蔵が前を真っ直ぐ見ていた。
真っ直ぐ帰る道をみている三蔵の手には、さっきまで自分が持っていた三蔵の傘。
それはさっきまで自分がふらふらと持っていた傘とは思えないくらい、しっかりと三蔵の手によってさされていて。
もしかしたら、自分がふらふらしていたから持ってくれたのだろうか?
そう思ったら心なしか、胸がふんわりと温かくなった。

「三蔵?」
「さっきから角が頭に刺さってンだよ。チビ。」
「チビじゃないってば。」
「いいから早く歩け。」
「〜〜〜〜〜。」

ちょっとだけいつもの雨の時の三蔵よりも優しいと思った分、なんだか三蔵の言葉が癪に障る。
むーと口を尖らせて、悟空は三蔵の法衣の裾を掴んだ。
それを三蔵は横目でチロリと見て…だが、何も言わなかった。

「もっと離れろ。」
「離れたら濡れるから嫌だ。」

意地だとも思ったけれど。
あまりにも三蔵が冷たいから、少し我侭が言いたくなった。
別に濡れるのなんてどってことなかったけれど。

そして少し歩いて。
もう少しで寺院につくという頃。

ぱらぱらぱら。
降っていた雨が突然止んだ。
ぱたぱたぱたと傘に音がしていたのが止まって、三蔵と悟空、二人して空を見上げて。
見ればほんのり青空が見え隠れしていた。

三蔵がぱちりと傘をとじて――――悟空も三蔵の法衣の裾を掴んでいた手を離す。

雨が止んで、傘がとじられて、二人の距離も少し遠ざかって…。

「三蔵…。」
「………。」

なんだか、少し、胸が寂しくて。
さっきまで近くにいて、体温も、匂いも、空気も、感じれる距離だったのに。
また冷たい風が吹いて、悟空はぶるりと腕を震わせた。
そういえばさっき、三蔵にあって一緒の傘に入ったときから、この冷たい風は感じていなかったのに。

「さんぞー。」

なんだか置いていかれたような泣き出したい気持ちになって、三蔵の名前を呼ぶ。
すたすたと歩いていってしまう三蔵の背中。
益々泣きたくなってきて、よくわからない気持ちになる。
風が吹いて寒いし、泣きたいし、なんだかもー散々だ。
ずっと鼻を啜って。もう一度。

「さんぞーってば。」

名前を呼んでみる。

「早くこい。」

そして振り返る三蔵の口には、いつの間にかタバコが咥えられていて。
ゆらりゆらりと揺れる紫煙。

「寒ィだろ。」

そして差し出される―――――手。

「寒くなんてねぇよ!」

その手をとって。
自分よりもちょっと冷たい三蔵の手。
なのにその手をとったら。
なんだかぽたかぽか、あったかくなって。

顔は自然と緩んで。

やっぱりなんだか今日の三蔵はいつもより。
いつもより…いや、いつもどおり。

どこか優しい気がした。




→ 時雨




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