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■■■ 28. stamp


「じゃあ、三蔵に手紙を書いてみましょうか。」

はい。と笑顔で渡された真っ白いレターセットとペン。
それを受け取りながら悟空は小さく頷いた。





三蔵が少し遠い街まで仕事に行ってしまってから、はや2週間。
悟空は八戒と悟浄のところに泊まりにきていた。
もともと寺院の空気は悟空にはあわない。
だからこうして三蔵が遠くまで行ってしまって暫く寺院を留守にするときは、悟空は専らこの二人の家にお世話になりに来ていたのだ。
流石に三蔵と2週間以上離れるのは、悟空にとっては初めてで。
いくら仲がよいというか、一緒にいて楽しい悟浄と八戒といても寂しさは日々募るばかりだった。

予定では1ヶ月。

あと、2週間。
声が聞きたくても聞こえないし、触れたくても触れられない。
三蔵の匂いもない。
寺院からこっそり持ってきた三蔵の愛用している枕は、2週間でその移り香を悟空のソレに変えてしまった。
だから益々寂しい。
毎日会っていたのに急にこう何週間も離れていると凄く寂しくて―――そして不安になる。

元気かな?とか。
頭の固い坊主に囲まれてイライラしてタバコが増えていないかな?とか。
ちゃんと寝ているかな?とか。
雨が降れば、機嫌が悪い三蔵のこと。
周りの皆はソレに気がつかず、いつものように三蔵のイライラを煽っていないだろうか。

不安で、寂しくて、そして話したいことばかり日々募っていく。
それをぽつりと八戒に漏らしたところ、八戒が取り出してきたのがレターセットだった。

「これなら悟空は言いたいことをゆっくりと書けますし、明日にでも出せば2,3日で三蔵の元に届くでしょう。三蔵の滞在している寺院の住所は、聞けばわかると思いますし。」

言われて頷いて、八戒の家のテーブルにソレを広げる。
真っ白い、何もかかれていない紙。
字を書くなんて何日ぶりだろうか。
いや、それ以前に手紙を書くなんてこと自体が初めてだ。

「書いたらこの封筒に入れて栓をして…この切手を貼ってくださいね。」

渡された切手を見た瞬間、泣きたくなった。
寂しさが煽られる。
黄色い、黄色い、太陽がモチーフの切手。
悟空の太陽好きを知っての八戒の気遣いなのだろうが、それは今ココでは逆効果だった。

さっきまでは、庭の木のはっぱが全部散っちゃったこととか、この前少しだけど雪が降ったこととか、どんぐりで船を作って川に流したこととか、書きたいことは沢山沢山あったのだけれど。

真っ白い便箋に、ぽたりと涙が落ちて。
淡い滲みを作っていく。

「書きたいことなんて―――………一つだよ。三蔵。」

会いたい。

書けないけれど。

会いたい。
会いたいって、書きたくて。

どうしていいのかわからなくて。

三蔵を困らせてしまうのはわかったし、怒らせてしまうのもわかっていたし。

でもそれが今一番、自分が思っていることで。

伝えたいことで。

だって三蔵がいないと寒い。

寒くて、寒くて、どうしようもない。

ペンを掴む手が震えて、涙の染みた便箋に少しだけ皺が寄る。
何を書いたらいいのかわからなくて、でも書きたいことはあって、でもやっぱり書けなくて。



会いたい。



一度書いて―――その便箋をくしゃっと丸めた。
丸めて、ゴミ箱に投げつける。

「う~~~~~。」

わしゃわしゃと髪の毛を掻き混ぜると、悟空はペンを握り締める手に力を込めた。















「三蔵様。手紙が届いております。」
「………そこに置いておいてくれ。」

手紙?

長安の寺院にではなく、ここに?

疑問に思って、目を通していた資料から目を離した。
そしてそのまま置かれた手紙を手にとって、眉を寄せる。

差出人の名前はよく知っている。
汚い字で、自分の名前だけはちゃんと漢字で書けていた。

『悟空』

そして宛名。
三蔵の名前。それも汚いながらもちゃんと漢字でかけている。
悟空の知っている数少ない漢字達。
久しぶりに悟空の字を見たなと、封を切りながらなんとなく思った。

「ったく、ウゼぇな。」

封を切って丁寧に折りたたまれた便箋を取り出した瞬間。
ふわりと鼻をくすぐった香りに、三蔵は一瞬動きを止めた。
ここ2週間ばかり嗅いでいない香りだった。
ソレは悟空の―――。
便箋に染み付いた、悟空の移り香。
それにどこか衝動的に心が揺さぶられる。

らしくもなく、はやる気持ちを抑えて便箋を開けば、ただの真っ白な便箋だった。

「………。」

少し期待した分、むかついた。
イライラして、今目の前に悟空がいたらきっとハリセンでぶっ叩いていたと思う。

真っ白い便箋。
悟空の香りだけを乗せて運ばれてきた手紙。

じっとみていると、悟空の相変わらずの強い筆圧のせいか。
なにやら文字が見えた。
恐らくこの便箋の上にあった便箋に書いた文字。

「そっちを寄こせってんだ。ったく。」

ため息を一つ吐いて、はらりとその便箋を机の上に落とした。
はらりはらり。
真っ白い便箋は机の上に舞い降りて。
そのたびに悟空の香りが僅かに香る。

「…手紙なんざ寄こさなくても…お前の声はずっと聞こえてンだよ…。バカ猿。」

もともとココにきてからずっと悟空の声は実際聞こえていたし、今も脳裏に響く。
それからずっと煩い悟空の、真っ白い便箋ほど煩いモノはないと。
三蔵はため息をつきながらぼそりと呟いて。

「だからうるせぇってんだ。元気に決まってんだろ。」

とんとんっと、指先で机の上を叩く。
机の上の真っ白い便箋。
その中央に、文字のアト。

「雨が降ろうが降らなかろうが、てめぇには関係ない。」

いらいら。いらいら。
いらいらはこの寺院にきてから日々募るばかりだ。
その理由は、最近雨が降っているからとか、そういう理由だけでないことにも、自分はとっくに気がついていたし。
壁にかけてある時計と、机の上のカレンダーを見つめながら、なんとか1,2日、長安に戻れないものかと必死に考え始めている自分にも気がついた。

「らしくねぇ…。」

ぽそりと呟くと、そのまま机の上にあったマルボロの箱を手に取った。







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