■■■ 04. notebook


「………。」

床に散らばった真っ白い紙。
それらを見た瞬間、いったい何事だと口を開きかけた三蔵だったが、喉まででかかった言葉とともにそれを飲み込む。
部屋のど真ん中。
三蔵の書斎にある机のまん前で、その小柄な動物は鼻歌なんぞを歌いながら色とりどりのクレヨンで落書きをしている。
ここで声をかけたら、折角大人しく『何か』としている小猿がまた騒ぐのだろう。
今日はまだまだ仕事も山積みなわけで、ここで小猿にかまっている暇は無かった。
部屋が散らかっているのには胸の奥がムカッとしたが、騒がれるほうが厄介なのは毎日の生活でわかりきっていた。

「あ、さんぞー、おかえり!」

騒ぐな。と言うほうが無理だったと知ったのは、言葉を飲み込んだ直後だったのだけれども。
部屋に三蔵が戻ってきたのを知るや否や、目の前の小猿はひょこんっと身軽に起き上がり、いや、飛び上がり、なにやら色々と書かれたページをぱらぱらとめくって三蔵にさしだした。

「見て見て見て!今日八戒にこののーと、貰ったんだ。で、悟浄からこのくれよん。でね…。」
「煩い。」
「さんぞー。」
「いいからソコで続けてろ。」

しっしっと手で払って、三蔵は椅子に腰掛ける。
目の前の机に山済みになったくだらない書類。
それに軽くため息をついて、席もはずせやしねぇと呟いて。
ちらっと部屋を見渡せば、真っ白い紙に落書きされたそれらがあちらこちら。
イライラが益々増えていく。

「ノートはやぶるもんじゃねぇだろうが。」
「だって上手くかけなかったから。」

三蔵が声をかけてくれたのだと思ったのか、小猿は満面の笑みで再びひょこりと三蔵の下から三蔵を見上げる。
いつの間にこんな至近距離に来たのかと、三蔵が内心驚いた直後だった。
小猿の、悟空の手が、三蔵の髪の毛に伸ばされる。

「触るな。」
「キレーだよなぁ。三蔵の髪。」
「………。」
「きらきらしてて、柔らかくて、糸みたいで、輝いてて。キレーな金。」
「………。」

払いのける気にもならなくて、三蔵はそのまま机の上の書類を手に取った。
それでも悟空はその手を離さない。
悟空の小さく柔らかな指でつままれた髪が、僅かに引っ張られて。
文句を言おうかと三蔵は悟空の顔を見て…軽くため息をついた。
大きな金色の瞳が、不思議そうにくりっと動いた。

「綺麗な金はお前の―――。」
「ん?」

「なんでもねぇよ。」

引き込まれるその金の瞳。
吉凶の源と古来から言われてきた、黄金の眼。
でもその瞳を見ていると―――意識が引き込まれそうになる。

「俺ねーこの眼、なんか不吉とか、色々言われてっけれど。」
「…気にするな。言いたいやつには言わせておけばいい。」
「俺、コレ気に入ってるんだ。だってさんぞーとオソロイだし。」
「………。」

にぱっと笑う悟空に、三蔵は息を呑んだ。
無邪気な笑顔。
まっすぐな言葉。
綺麗なのは、悟空。お前だ。

「俺、さんぞーばっかり見てるから金の瞳なのかも。」
「……会う前からお前は金の瞳だろ。」
「あははは。そっか。」

くしゃっと悟空の髪を撫でて、三蔵は今日何度目かのため息をついた。
こいつの言葉はいつも心臓に悪い。
たまにどう答えていいのかわからないときがある。

「で、お前は一体ノートで何してたんだ?」
「あっ、うん、あのさ、俺さんぞーを書こうと思って。でもこの綺麗な金はなかなかうまくいかなくて…。」

ぱらぱらとノートをめくって、いかに三蔵を書くのが難しいかを熱弁する悟空。
ああ…最初に無視しようと思っていたのに、ついついかまってしまった。
こうなると暫くこいつのマシンガントークはとまらない。
きらきらきらきら、大きな瞳をさらに大きくさせて、輝かせて。
嬉しそうに楽しそうに話す悟空に、三蔵は手に持っていた書類をひらりと落とした。




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