■■■ 08. candy


「すっげぇ。キラキラしてる。」

両手で包み込めるくらいの、小さなガラスの小瓶。
中には色とりどりの小さなまあるいビー玉みたいな飴たち。
その小瓶をテーブルの上に乗せて、そのガラスの小瓶と同じ位置に目の高さを持ってきて、悟空はテーブルに顎をついた。

「あーかー、あーおー、みーどーりー…で、金色。」

最後の色を口にして、にへらっと悟空は笑った。
黄色=金色。
それが最近の悟空の識別だ。
それを横目で見ながら、三蔵はあえて何も言わなかった。
そのまま新聞に目を通しながら、マグカップを口に含む。

八戒に貰ったというそのおみやげは、悟空が一目見るや否や大のお気に入りとなったものだった。
きらきらかがやくその色とりどりな飴たちに、うっとりと瞳を細めて。
一向に食べようとしない悟空に、三蔵は口を開く。

「食べないのか。」
「なんか勿体無い。こんなに綺麗なのに。」

おおよそ悟空の口から出たとは思えない発言だった。

「だから、ちょっとずつ、食べる。」

にへらっと笑って、悟空はころんっと。
てのひらに赤い飴玉をひとつ、転がせた。

それをぱくっと口に頬って、それはそれは幸せそうな笑顔で笑った。

「甘い。」

笑う悟空に、三蔵もふっと気を緩める。
がりぼりと音を立てる悟空に、ふっと口元を緩めて。

「ばか。それは噛むモンじゃねぇ。舐めるモンだ。」
「そうなの?」

まるでその黄色の飴玉みたいな、大きな金色の瞳をきょろっとさせて、悟空が顔を上げる。
それがあまりにも可笑しくて、笑いそうになるのをこらえる。

「大事に食うんだろ?」
「うん。」

ぺろっと真っ赤な舌で、悟空は自分の唇を舐めた。















ぱさりと読み終わった書類を置いて、ふうっと一息ついて。
少し疲れた目の奥に、目をつぶる。
指で目を少し押して、再びため息ついて。
三蔵はゆっくりと、部屋を見渡した。
いつの間にいなくなったのか、悟空はその部屋にいなかった。
どうせ庭にでも行っているのだろうと、一人の空間を楽しもうかと思った瞬間。
自分の机の端に置かれた、ガラスの小瓶が目に止まった。

八戒に貰って以来、毎日2,3個ずつ、悟空が大切に大切に食べている飴玉だ。
きらきらと窓から差し込む光に輝いて、それはまるで宝石のようだった。
今なら悟空が綺麗だ綺麗だと騒いでいた気持ちがわからなくも無い。
綺麗なものを綺麗だと感じる心。
美味しいものを美味しいと感じる悟空の味覚。
羨ましいと思うときもあった。
それはこの世界で生きていくのに、幸せだと感じることが多いということだから。
あの笑顔を見ていれば、彼が幸福なのが簡単にわかった。

「………。」

そのガラスの小瓶を手にとって、ふっと眉根を寄せる。
八戒に貰ったと見せられたときは、色とりどりの飴玉たちだったのに。
今見れば、やけに黄色の飴玉が多いい。
赤や青、緑の飴玉は残り僅かだ。
黄色の飴玉ばかりになっているその小瓶を、こつんと机の上に戻して。
三蔵はふっと…窓の外に目をやった。

窓の外では小鳥達に餌をあげる悟空がいて。
はははと笑いながら、自分は桃をかじっている。

じっとみていると、鳥達がばっと羽ばたいて、悟空は弾かれたように振り返った。
それに一瞬驚いたが、表には出さずに。
三蔵は口に咥えたタバコに火を点す。
こっから先の悟空の行動なんて、考えなくてもわかった。
ばかみたいに嬉しそうに、ばかみたいに一生懸命、こっちに向かって走ってくるのだ。

「さんぞー!仕事、終わった?」

満面の笑みで。















気がついたらガラスの小瓶の中には、黄色の飴玉だけになっていた。
小瓶から飴玉を出すたびに、黄色の飴玉が出てきたら戻しては再び飴を取り出して。
最後のひとつだった青い飴玉を口に頬って、悟空はまた甘ぇと小さく笑った。

何してんだこの猿は?

「それ…。」
「ん?」

こつんっとまた三蔵の机の上にガラスの小瓶を戻そうとした悟空が、三蔵からの言葉に顔を上げる。
嬉しそうに笑う悟空を見下ろして、三蔵はガラスの小瓶を指差した。

「なんで黄色だけ残してる?まずかったのか?」

なんでもかんでも美味い美味いと騒ぐ悟空がそう思うとは、到底思えなかったけれど。

「違うよ。この色は最後に食べようと思って。」
「………。」
「だって、三蔵の色だから。」
「ばかか。」
「いいじゃん別に俺が何色食べようと!」

三蔵の言葉に悟空が不機嫌そうな顔つきに代わる。
少し唇を尖らせた悟空に、また口元を緩めた瞬間。

『俺、好きなものを最後に食べるんだ。』

昔悟空が言っていた言葉を何気なく思い出した。
書類に目を通しながら聞いていたから、前後の会話なんて忘れてしまったけれど。
確かそんなことを言っていたような気がする。

思い出したら笑いそうになった。
ばかな小猿の、可愛い考えではないか。

「じゃあ、次からは黄色の飴玉を食うんだな?」
「うん。もー食べたくて、食べたくて、うずうずしてたんだ。」

嬉しそうにガラスの小瓶を手にとって、悟空はそれからころりと。黄色の飴玉を取り出した。
悟空の小さな手のひらの上で、それはきらりと光る。
それを嬉しそうに悟空は眺めて、にんまりと笑った。
その飴玉が、悟空の口に、含まれる。

口に含んだ瞬間。

「めっちゃ甘い!うっめー!!」

それは本当に。本当に幸せそうな笑顔。
最初に飴玉を食べた時よりも、にこにこと、幸せそうな笑顔。
まるでこの世のすべての幸せを、独り占めしたみたいな。
そんな笑顔だった。

「すっごい!やっぱり金色が一番美味い!三蔵にもあげる。特別だかんな。」

そういって無理やり三蔵の手をとると、そこにころりと黄色の飴玉を転がせて。
悟空はにぱっと笑った。
その顔と自分の手のひらの飴玉を、三蔵は交互に見つめて。
ゆっくりとその飴を口に含んだ。

「…甘い。」

甘ったるくて、胸焼けしそうなその飴玉。
悟空が美味いだろ?な?な?といった、期待のまなざしで自分の顔を見上げていて。
三蔵は少し間を空けたあと―――悟空の胸倉を掴んだ。

「甘ぇよ。」

からん。

歯に当たって、飴が音を立てる。
三蔵の口内によって少しとけて、生暖かくなった飴玉が悟空の口の中に移った。

「さささささ、さんぞっ!?」

もともと赤い頬を、更に真っ赤にさせて。
悟空は口元をぐいっと腕で拭う。

からんからんと悟空の口内で、二つの飴が音を立てる。

「大事に食え。」

にやっと笑った三蔵に、悟空は更に頬を真っ赤に染めた。










おまけ
「八戒!この前は飴、ありがとな。」
「喜んでもらえて何よりです。」
「どれも甘くて美味かったけれど、金色のが一番美味かった!」
「え?」
「甘くて、ほわっと胸があったかくなって、幸せになった。」
「……そうですか。」





「どうしたんだ?八戒。」
「え?あ、悟浄。いえ…ですね、僕は悟空に飴玉をあげたんですけど。」
「ああ。この前の。」
「色は色々ついてるんですが、どれも同じ味のはずなんですけれども…。」
「………。」
「金色のが一番美味しかったって………。」
「………今に始まったことじゃねぇだろ。ソレ。」
「そうでしたね。」





→飴玉



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