■■■冷たいキス


「さん………!!」


がちゃっと大きく音を立てて開けたドアが、勢いよく壁にぶつかりそうになるのを慌てて手で押さえて。悟空は発しようとした言葉を飲み込んだ。

そよそよと春の心地よい風が窓から入り込み、春の陽にてらされた三蔵の書斎。
午前中に摘んだ色とりどりの花を握り締めた手と、さっきドアをお押さえた手でゆっくりとそのドアを閉めた。

足音を立てないように、そっと、そっと。
息も殺してその執務机に近づけば。やはり思ったとおり。両腕を枕にして眠る三蔵がそこにいて。
すーすーと耳を澄ませば聞こえてくるその寝息。
そよそよと入り込んだ風は、いたずらに三蔵の綺麗な金糸の髪を揺らしていた。
そして春の陽の下で、きらきらとかがやくその髪の毛の揺らめき。

ため息が想わず出た。

本当に綺麗で。綺麗過ぎて。

壮絶にキレイなヒト。

いつもなら人の気配に敏感に起きる三蔵が、寝ている。
それが少しだけ、悟空には嬉しかった。
だってそれはきっと…三蔵の中で悟空の気配というのが特別な気配になったからということ。
きっとそれは…飛び起きる必要のない気配言うことで、ここにあってもおかしくない気配と言うことで。

握り締めていた花を、机の上に置かれたコップに入れた。
そこには昨日自分が摘んできた花がすでにある。
それでも新しく摘んできたのだ。
初めて花を摘んできたとき、三蔵が微笑ったから。
僅かにだけど。
僅かにだけれど、「悪くない」と微笑ってくれたから。
それ以来、悟空は毎朝花を摘んでくるのが日課になったのだ。
最近気がついたのだが、どうやら三蔵は黄色い花が好みらしい。
今日はそんな彼の喜びそうな黄色い花を見つけたから、嬉しくて嬉しくて…飛び跳ねるようにしてスキップしながらここに戻ってきたのだが…自分がいない間に三蔵は眠ってしまったらしい。
忙しくて最近全然えていなそうだったから、仕方がないと思う。

起こさないように。

起こさないように。

花をコップに入れて。

そよそよと春風に髪をなびかせる三蔵のその綺麗な顔を無意識のうちに眺める。
やっぱりなんど見ても綺麗だと思う。三蔵は。

そしてそこではっと気がついた。

いくら暖かくなったとはいえ、三蔵はただでさえもともと体温が低いのだ。
このままではあっという間に春風に体温を奪われて、冷えてしまうのではないだろうか?
風邪を引いてしまうかもしれない。
きょろきょろと辺りを見回して…何も三蔵の肩にかけるものがなくて、少し困った。
普段から薄着な自分は春なのにタンクトップだったわけで、上着なんて着ていないからソレをかけることもできなかったし。

「…どうしよう。」

ぼそっと呟いて、じっと三蔵を見つめた。
白い頬。
春の陽に照らされ、きらきらと輝く金の糸。
しずかな、寝息。

少々冷えているのだろうか。

青白い、唇。

形のよい、三蔵の唇が少しかさついて。
青白くなっていて。

それに目が奪われる。




寒いのかな?




そう思った瞬間、何故か身体は動いていた。




「おい。」

「えっ!?」

触れた唇が微かに動いて、驚いてどきりと身体が跳ねた。
唇を離して距離が出来ると、三蔵の紫暗の瞳と思い切り目が合う。

「寝込みを襲うとはいい度胸じゃねェか。」

「えっ!?あれっ、俺っ…え?」

そしてとたんに思い出す、かさついた冷たい唇の感触。
とたんにカーッと顔が熱くなって、耳まで真っ赤に染まったのが自分でもわかった。

「襲うとかっ…ちが、ちがくてっ!寒そうだったから、何か肩にかけようと思って、でもなくって、なんか寒そうだったからつい…っ!」

ああもう自分でも何を言っているのかわからない。
頭は混乱するばかり。

「『つい』でてめェはこんなことすんのか…。」
「あ、ご、ごめん。」

小さくため息をつく三蔵のそれに、心が軋む。
怒ったのかな?とか、やばかったかな?とか。
不安で不安で、熱かったからだが一気に覚めた。

「謝るようなことか?」
「え?でも、三蔵嫌だったんだろ?」
「…誰もそんなことは言ってねェよ。」
「え?」

三蔵の言葉にきょとんっと瞳を瞬かせれば。
三蔵の長い腕が伸びて、そのまま引き寄せられた。

「たまには起きてる時に自分からしてこいよ。」
「うええええっ…!?」

ぽふんっと三蔵の腕に包み込まれるように抱きしめられる。
とたんに香る三蔵の香り。嗅ぎ慣れたそれに、身体再び熱く火照った。
驚いて顔を上げれば…悟空からのキスを待っているのか、無言のまま悟空を見つめる三蔵。
紫暗の瞳に、少し困ったような照れたような悟空の姿が映る。

「で…できねェよ!」
「そうか。」

そういったきり黙りこむ三蔵。
悟空を抱く腕の力は一向に緩む様子がなくて。
そよそよと春風に靡く三蔵の金糸の髪。
見つめたまま、そらそうとはしない三蔵の紫暗の瞳。
逃げることも、拒むことも、出来る筈がなかった。

この瞳に囚われて。

「目ぇ…瞑ってろよな。」
「ああ。」

そして閉じられる瞳。
長い三蔵のまつげ。
きれいな顔。

ため息が出そうになる。

心臓はバクバク煩いし、体中が熱い。
抱きしめられた腕の力強さと三蔵の香りに、力が抜けてしまいそうで。

そっと瞳を伏せる。

唇の先にさっきまでは冷たかった三蔵の唇の熱。

燃えるようなその熱は、もう寒くないからなのだろうか?





>>>あとがき

三空日記で書いたものです。
加筆修正一切なし。
こういうワンシーンでふっと勝手に身体が動いて何かをしちゃう…
みたいなシチュが凄く好きです。
無意識のうちの行動ってなんていうか、本能っぽい…。

2005/05/29 まこりん



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