■■■初



年末年始のあわただしさも落ち着いて、やっと久しぶりの静寂が戻ったと。
気がついたのは静まり返る辺りに気がついたときだった。
寺は勿論年末年始は恐ろしいほどに忙しく、最高僧である三蔵の忙しさもまたいつもの比ではなかった。

三蔵は年末年始はほとんど自分の部屋にいることがなかったし、いたとしてもそれは寝るときくらいで。
久しぶりにゆっくりと味わってタバコが吸えるな。と、ふっと椅子に腰掛けて吸っていたときだった。
静寂。
いつもと違う風景。

そういえば…いつも見慣れた小猿はどこへいったのかと。
ふっと思って辺りを見回す。
見回して………その存在がないことに気がついて、小さくした打ちした。
思えばもう数日、まともに口を聞いていない気がする。
別にどうと言うことはないが。と、何故か小さく口にして、咥えたタバコを机の上の灰皿に押し当てた。

ほんの数ヶ月前もこんなことがあった。
悟空がいるということに慣れてしまった自分に気がついたあのとき。
あの時も悟空がいないことに違和感を感じて。
いてもたってもいられなくなってしまったのを覚えている。
あの時悟空は寝室で寝ていたのだけれど。

静まり返った辺りを眺めて、もう一度、小さくため息をついた。
本当に自分はどうかしているのではないだろうか。
この数日忙しくてそんな気持ちを忘れていたと言うのに、ふと思い出して気がついた瞬間、また、それが気になって仕方ない。

そのまま立ち上がると、寝室に近づく。
扉を開けようかと思ってノブに手をかけ、一瞬躊躇した。
明けなくても、ここに悟空がいないのは………わかっていた。
なんとなくだが、わかった。
ここにはいない。
悟空の気配を感じなかった。
かちゃりと音を立ててあければ、やはりそこに悟空の姿はなく。
誰もいないベットに近づいて指先でシーツに触れれば、冷たく冷え切った感触だけがした。
それが少し、切ない。

とりあえずタバコを取り出して、もう一度口に咥える。
火をつけると、そのまま部屋をあとにした。





まるで散歩するみたいに、あてもなくただただふらふらと歩く。
数ヶ月前はいてもたってもいられなかったが、今回はドコとなく違っていた。
あの時とは違う。どこがかわからないし、何故なのかもわからないけれど。

すたすたと歩いていると、すれ違い様小坊主達が頭を下げて。
それに少しイラつきながら、庭に足を踏み入れた。
冬の庭はとても寂しく、どこか悲しくて。
葉っぱがすべて枯れ落ちてしまった木々の広がるその風景が、更に寒さを増した。
小さく肩を震わせると、三蔵は庭の一点。
目的の人物を、ただただじっと…見つめた。
そして火のついたタバコを下に落とすと、そのまま踏み消し悟空をじっと見つめる。

何もない庭の真ん中で、空をじっと見上げて。
薄い上着とマフラーだけの、寒そうなその姿。
薄着のままなのに寒くもないのか、ただじっと立ち空を見上げる悟空。
微かに風が吹けば、悟空の長い髪の毛と首に巻いたマフラーが微かに揺れた。

「悟空。」

声をかける。
それは思わずでた名前だった。
声をかけるつもりはなかった。
けれどただ、庭の真ん中に立ち空を見上げる悟空に、無意識のうちに声をかけてしまったのだ。

その三蔵の自分を呼ぶ声に、悟空が振り返る。
長い髪が揺れて、悟空は振り返ると、驚いた表情をしてそのまま三蔵に向かって走り出した。

「三蔵っ…!」

満面の笑みを浮かべて、軽快に自分に駆け寄ってくる悟空。
久しぶりに聞いたような気がする悟空の声に、何故だか…一瞬胸が騒いだ。
たかだか数日間、まともに口を利いていなかっただけ。
でも同じ寺院内にいたので、顔は合わせていたはずだし声も聞いていたはずだ。
悟空が一日、自分に声をかけてこなかった日はなかったはずだから。

そこでふっと…苦笑した。それだけこの数日、忙しかったのだ。
煩い猿の言葉も聞こえないほどに。

「仕事はもう落ち着いたのか?」
「ああ。」
「三蔵すっげぇ忙しかったもんな。お疲れ様。」

三蔵の前まで来ると悟空はまた笑う。
そして自分のしていたマフラーを取ると、それをふわりと。三蔵の首に巻きつけた。

「寒くねぇよ。」
「でも俺が寒いから。三蔵も寒いと思って。」
「じゃあお前がしてろ。」

三蔵がそういっても悟空はただ小さく笑うだけで。
ふわりと嗅ぎ慣れた筈の悟空の香りが鼻腔を擽って、三蔵は眉根を寄せた。
嗅ぎ慣れた筈の、懐かしい悟空の香り。
なのにどこかそれはいつもと違うような気がして。
久しぶりに見た悟空の笑顔。
それもまた、どこか違う気がして。

悟空はこんな風に笑う奴だっただろうか?

それはそれは嬉しそうに、楽しそうに笑う悟空の今日の笑顔は、どちらかと言えば物悲しげだった。
そしてどこかよそよそしい。
何故か三蔵から目を逸らそうとするし、どこかぎこちない。
それが少し気分が悪かった。

「……三蔵、抱きついてもいい?」
「……なんだ急に?」
「抱きつきたい。」
「………。」

そういいながら悟空が手を伸ばす。
悟空が三蔵に抱きつこうとした瞬間、悟空の腕が三蔵の背中に回る前に三蔵は悟空のその細い身体を抱きしめた。

今度は悟空の鼻腔を、三蔵の香りが擽る。

とたんに、悟空は顔をしわくちゃにさせながら、ぎゅっと目を瞑った。

「めっちゃ…久しぶり。」
「………。」
「あーやぱ、三蔵だなぁって、思う。」
「………わけがわかんねぇよ。」
「久しぶりすぎて、なんかもーどうしていいのかわかんない。」
「………。」
「めっちゃ好き。やっぱ好き。改めて思った。」
「………。」

年末年始はあわただしかった。それこそ悟空にかまっていられないほどに。
あわただしさにかまけて、悟空の相手をしてやれなかった。
それに、少し、後悔して――――。

「おい。」
「何?」
「いい加減寒い。部屋に戻るぞ。」
「え?」

もう?

とでも言いたげな悟空のその顔に、苦笑する。
腕の中の冷えた身体を、少しだけ突き放して。
その柔らかな唇に、キスを一つ。

「いい加減限界なんだよ。」
「何が?」

きょとんっと不思議そうに瞬く黄金の瞳。
三蔵が黙ったままでいると、悟空はしばし言葉の意味を探したのか。
思い当たることに気がついた瞬間、寒さに少し青くなっていた顔をぼっと紅く染めた。
その悟空の唇にもう一度唇を落とすと、三蔵は悟空を置いてすたすたと歩き始めた。

自分のマフラーを首に巻いたまま。
すたすたと歩き出した三蔵の背中をぼけっと間抜け面で見ていた悟空が、はっと我に返って三蔵のあとを追いかけたのは、その10秒も後のこと。





>>>あとがき

2005年初三空らしい三空(苦笑)です。
三空日記より。長かったのでこっちにもってきてみました。
タイトルは相変わらず浮かびません…

久しぶりに好きな人に会うと、あー……好きだなぁとか、思いますよね。
そんな感じで。
どんな感じだ。

2005/01/13 まこりん





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