■■■不安な気持ち



抱えた膝の上に顎を乗せて、じっと目の前に広がる湖畔を眺める。
つきつきと痛い腰の痛みは、動いた時に一番感じるからそのままじっと動かずに。
ただ熱い吐息をゆっくりと吐くようにため息をついた。

ゆらりゆらりと風が吹くたびに揺れる水面。
周りの木々の葉を映した水面が揺れるたびに、なんだか泣きたい気持ちになった。

「おい、猿。何おセンチになってンだよ?」

後ろから聞こえてきた声にびくっと肩を震わせて、悟空は振り返った。
振り返った先では木に寄りかかりながらタバコを口に咥えた悟浄がいた。

「なんだ。悟浄か。」
「なんだとはなんだ。てめぇは!!」

いつものように怒る悟浄。
でも。それでもいつものような喧嘩に発展しないのは悟空がいつもと違っていたから。
少し様子の違う悟空に、悟浄も口に咥えたタバコをゆらゆらと揺らして暫く何事かを考え込む。
そしてそのまま悟空の隣に腰を下ろした。

「あっち行けって。」

そんな悟空に気分を害することも無く、悟浄は悟空の頭に手を置いた。
そしてそのまま自分の胸に抱き寄せる。
突然引き寄せられて、悟空はそのままバランスを崩すとそのまま悟浄の胸の中にぽすんっとおさまった。
いつもいつも。喧嘩してはここに頭を引き寄せられたりしていたけれど、こんな風に引き寄せられるのはそうそう数が無いので一瞬戸惑う。
こういうシーンで嗅ぎ慣れたタバコの香りとは違うタバコの香りだから。
ぬくもりも、匂いも違っていて、どことなく罪悪感。

「まぁ、何悩んでんのか知らねぇけど。言うことで楽になるんじゃねぇの?言ってみろって。どうせお前の頭じゃ難しいことなんて考えられないんだし。」
「うっさい。エロがっぱ。」
「エロがっぱはエロがっぱなりのアドバイスができるかもしんねぇし。」

頭を押し付けられた悟浄の胸からは、とくんとくんと命のリズムが聞こえて。
それが心地よかった。
いつもいつも聞いているリズムと一緒で。
どこか安心する。

言おうか言うまいか考えているのか、少し黙りこんだ悟空をちらりと見れば――――悟空の首筋に見える紅いアト。
それに気がついて悟浄は視線を逸らした。

(まぁ、薄々気がついてはいたけれど。)

「俺、三蔵が好きなんだ。」

ちょっと気を抜いた瞬間、悟空の口から出てきた言葉に不覚ながらも戸惑った。
そんなのとっくに知っていたし、わかりきっていたことだし、恐らくこの悟空が塞ぎこんでいる理由が三蔵絡みなのはわかっていたのだけれど。
ちょっと悟空の首筋のマークに気をとられていたので、あまりにもストレートな言葉に言葉を失いかけてしまったのだ。
それでも悟浄はなんとか呼吸を整えると、悟空の頭をぽんぽんと叩いた。

「で?」
「三蔵は俺のこと、好きだって言ってくれないの、わかってたし、だから、別に――――よかったんだけど。」
「でもお前は言ってもらいたいわけだ?」

タバコの煙を真っ青な空に向かって吐く。
ゆらりゆらりと揺れる煙に瞳を細めた。

「大体あの三蔵が言うわけねぇじゃんかよ。」
「わかってる!わかってるからっ!だから俺、別に直接言ってくれなくてもいいって、思ってたけどっ!!でもやっぱり、たまに不安になるんだ。」
「まぁ…お前の気持ちもわからなくねぇけどなぁ………。好かれてるのか不安なんだ?」

腕の中で震えだした悟空に一瞬ぎょっとする。
もともと感情表現が豊かな悟空ではあったが…泣き出しそうなのかもしれない。
ちょっと困ったようにため息をついて、悟浄は悟空の頭を撫でた。
大体こういうのは自分がしたってどうにもならない。
この悟空の不安を取り除ける人物はただ一人なのだから。

「…三蔵に迷惑かけていないかなぁ…?」
「あ?」

ちょっと意外な言葉に面食らう。
好かれているか、いないかの問題ではなかったのか。

「俺、三蔵が好きで、好きで、離れたくなくて。俺が煩いから、三蔵、俺を――――。」
「抱いてくれるのかな?ってか。」
「っ………!!」

がばっと顔を上げた悟空の真っ赤な顔に、悟浄は思わずタバコを落とした。
今にも泣き出しそうな顔が、羞恥に染まって真っ赤だった。
そしてあの大きな金色の瞳が問いかけてる。

何で知ってるの?と。

それがどうにもこうにもとても、愛しい生き物で。

「お前さ、三蔵とヤったんだろ?」
「えっ…?あ……うん。」

そろりと、悟空が悟浄の胸から離れる。
人と話すときは、相手の目をじっと見て離さない悟空が、視線を逸らして湖畔をじっと眺めている。
それが、愛しい。

「気持ちよかった?」
「………うん。」

落としたタバコの火を消して、またもう1本取り出して。
火をつけてタバコの味を口の中全体で味わって。灰で味わって―――。
湖畔に向けて吐き出した。

「お前イッた?」
「………。」

真っ赤な悟空の拳がふるふると震える。

「三蔵イッた?」
「………。」

チラリとしか見えない悟空の、まつげがぱしぱしと動いているのをみつめる。
タバコを咥えた口元が自然と笑みに変わってきた。

(ああ。もうたまんねぇなぁ。三蔵?)

「三蔵髪の毛とか、息とか乱しちゃってたんだろ?」
「………。」
「あの、三蔵が。」
「………。」

びくんっと悟空の肩が震えて。
抱えた膝の上に、ぽたりぽたりと雫が落ちる。
それに悟浄は微笑んだ。

「俺さ、そんな三蔵見たことないし。きっと一生見ることないと思うし、あいつもそんな姿俺に見せないと思うぜ。ってか、誰にも見せないだろ。」

「……ごじょう…。」

「お前以外には。」

ぽんっと悟空の頭の上に手を置いて、立ち上がる。
ぽたりぽたり。
悟空の膝の上に落ちる雫。
悟空が自分の名前呼んだ声が、鼻声で―――。

「それに気持ちよかったんだろ?あの三蔵がお前に奉仕したってことだ。大体セックスなんて相手が奉仕しねぇとその相手は気持ちよくなんてなんねぇんだから。」

「………。」

「あの三蔵の不器用な性格は、お前が一番よくわかってんだろ?悟空。」

「エロ河童。」

「わ〜るかったな。」

ぐしゃぐしゃっと悟空の頭を掻き混ぜて。
そのまま悟空に背を向けて。

「でも…ありがとな。」

聞こえてきた悟空の言葉に、歩き出した足を一瞬止めた。
振り返る。
振り返った先。
小さく丸まった悟空の背が震えてた。

だから小さく笑って。
タバコを掴む手をゆらりと振る。

「どーいたしまして。」








あとがき

悟浄の「三蔵とヤッた?」ってセリフが浮かんで
どうしてもそのあとのあの質問攻めを書きたくて
うずうずしていた1週間でしたので
かけてよかったです
三蔵さん出てきません
悟浄をもっとカッコよく書きたかった…!!!

相変わらずタイトルが浮かびません…。

2004/10/09 まこりん



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