■■■髪切り 「なーなー三蔵。髪切ってくれよ。な?」 「………なんで俺が。」 いつものように三蔵が自分の執務室で仕事をしていたときのこと。 いつものようにとてとてと足音を立てながら、近づいてきた悟空の言葉に、三蔵は一瞬なんと返事をしていいのかわからずに。やっと出てきた言葉はそんなそっけないものだった。 「なんだよケチー。」 「自分で切れ。」 「チクチク当たって痛ぇんだよな。」 ほんの少し前までは長かった悟空の後ろの髪も、今ではすっかり短くなっていて。 長いことずっと長い髪だったらしく、最初はその襟足がチクチクすると悟空は気になっていたようだった。 ある程度短ければ感じないらしいが、少し伸びてくるとまたチクチクするらしい。 襟足を指でつまんで、嫌そうに唇を尖らせる悟空。 三蔵は小さくため息をつく。 次に悟空の口から出てくる言葉は――――わかっていた。 「じゃー八戒にでも――――。」 「……わかった。おら、こい。」 襟足を掴む悟空の腕を手に取り、そのまま引き寄せる。 空いてる手で机の引き出しを開けると、その中から一番良く切れるはさみを取り出して机の上へと置いた。 「えっ!?マジ!?三蔵切ってくれんの!?」 「………てめぇ…。」 「あわわわわ、いや、嘘。うん。さんきゅうな!」 三蔵の頭に浮かんだ怒りマーク。 それに慌てて悟空はぶんぶんと頭を振ると、座るように用意された椅子に座った。 「どれくらい切るんだ?」 「チクチクしないくらいに。」 「いっそ坊主にすればチクチクしないだろ?」 「それだけは勘弁………。」 しゃきん。 冷たく澄んだ空気に響く、はさみの音。 研ぎ澄まされた空間に響くその音に、目を閉じた。 項に少しかかった髪を、三蔵の冷たい指が少しだけすくって。 その時かすかに三蔵の指先が、悟空の項に触れた。 ひやりとした、そしてどこかくすぐったいその感触に悟空がぶるりと肩を震わせる。 「動くな…!!」 「だって、くすぐってぇんだもん!!!」 「坊主にするぞ!!」 「うっ…!!」 ぎゅっと目を瞑って、肩から力を抜いて。 耳を澄ます。 しゃきん。しゃきん。 音がして。 はさみの音。 その合間に、かすかに聞こえる、三蔵の呼吸。 静かな、静かなその呼吸。 項に触れる、三蔵の指先。 感じる視線。 そわそわした。 どこかそわそわして、大人しくしているなんてなかなかできなくて。 体が熱くなる。 ヤバイ。 と思った。 頭のどこかで、ヤバイって思った。 自分から髪を切ってと言い出したのだけれど。 髪を切ってもらうのがこんなに恥ずかしいとは思わなかった。 三蔵が何を考えて切っているのかがさっぱりわからない。 「前は?」 「うぇっ!?あっ、や、いいよ。前は。」 突然声をかけられて、思わず変な声が出てしまって。 びくりと身体が跳ねたから、恐る恐る振り返ると三蔵はいつもの無表情で。 なんだか自分だけがこんなに意識してしまっているのかと、益々恥ずかしくなって頬は熱く火照るばかり。 「目にかかってるじゃねぇか。」 「でも、大丈夫だから―――。」 「ついでだろ。切ってやるよ。」 「うえっ!?えっ、あ、う…うん。」 「目、瞑ってろ。はいってもしらねぇからな。」 「うん。」 そしてまた瞑る。 そして今度は三蔵の気配が変わった。 今まで後に感じていたその気配が、前に回って。 そこで改めて気がついた。 三蔵が自分の前にいるってこと。 前髪がさらりとすくわれて。 三蔵がその前髪をすくったのだとわかって。 しゃきん。 しゃきん。 鋭利な音が響いて。 はらり。はらり。 鼻先を掠めるもの。 そして感じる三蔵の視線。 熱。吐息。 目を瞑った、この瞼の向こう。 三蔵が、いる。 「さんぞ?」 「なんだ?」 「………なんでもない。」 「………口に入るぞ。」 思わず息苦しくて、息を止めた。 でもそんなに長く止めていられる筈もなくて、苦しくて。 かといって思い切り息を吸ってはいたら止めていたのが三蔵にばれてしまいそうで、もうどうしていいのかわからなくて。 目を開けるのも怖い。 だって目の前には三蔵がいる。 意識しだしたら止まらなかった。 こうなると早く髪を切るのが終わればいいと。 それだけで。 目を閉じて。 控えめに呼吸をして。 ただ、時を待って―――――。 体が熱くなる。 頬も熱くなる。 何がなんだかわからなくなってきて――――くらくらしてきた。 くらくら?いや、うずうず。 うずうずしてきた。 瞑っていた目を、うっすらと明けると、ばちりと三蔵の紫暗の瞳を目が合って。 あわわと閉じたら、かすかに三蔵が笑う音が聞こえた。 それに驚いて目を開ければ、いつもどおりの三蔵の無表情が目の前にあって。 真剣なその顔に、再び慌てて目を閉じる。 「何やってンだよ。てめぇは。」 「あ、う…いや、なんでもない。」 うずうずする。 何が?何で?わからないけれど。 目を瞑って。 目の前に三蔵がいて。 三蔵の気配がして。 これは。 いつも。 キスをするときと一緒? 気がついた途端、身体中の血液が沸騰するかと思った。 ばくんばくん心臓は煩いし、体中がウズウズするし。 唇に自然と力が込められて。 喉がからからに渇いた。 そう。乾いて―――。 ぺろりと唇を舐める。 舐めて――――再び自分の口内にしまおうとした舌を、何かが掠めた。 「うえっ!?」 またもや驚いて目を開ければ、同じように舌を少しだけ出した三蔵の顔が目の前にあって。 「何欲情してンだよ。猿。」 「しっ、してねぇし!!」 「しまくってンだろ?」 「してねぇってば!」 顔が熱い。 顔が熱い。 顔だけじゃない。 身体も熱い。 「唇に力が入ってンだよ。」 そして三蔵の唇が、自分の唇に触れて。 気がついたら自分から唇を開いてた。 口内に入り込んできた三蔵の舌に夢中になって、そのキスに夢中になって、三蔵の法衣を握り締める手に力を込めて。 体中の力が三蔵に奪われてしまったんじゃないかと思うような、貪りあうような口付けを交わした後。 三蔵の胸に凭れ掛かれながら、視界にうつった机に置かれたハサミに気がついて。 とっくに前髪なんて切り終わっていたのだと気がついた。 「三蔵のえろ坊主。」 「てめぇに言われたくねぇな。」 気がついたら三蔵の手は、俺の服の隙間からとっくに滑り込んできていて。 「ひゃっ…さんぞっ…切った髪がちらか………。」 逃げようと離そうとした身体を、強く抱き寄せられていた。 あとがき 色っぽいのをめざしのたのですが どちらかといえばこれがエロっぽい気がしてきました…。 2005/02/11 まこりん |