■■■その感情の名は―――。



今も――――――まだ。

俺の声は、あなたに届いているのでしょうか?






三蔵が忙しい。
毎日、毎日忙しい。
こんなに忙しくなる前に、三蔵が食事のときに言っていた。

『来週くらいから忙しくなるから、邪魔すんじゃねェぞ。』

その時は『忙しい』といてもどれくらい『忙しい』のか、いまいちわかっていなかったから、いつものようになんかの行事があって、その準備で『忙しい』のだろうと思って『わかった。邪魔しない。』と約束したのだけれども。

三蔵の言う『忙しい』ということがどういうことなのか。
はっきりとわかったのは三蔵と一緒に暮らしてから、初めてのお正月を迎えたときだった。

年末・年始というのは、三蔵にとって、いや、寺院全体にとって、一番忙しい時期らしい。
寺院中が慌しく、普段静かなこの場所がどことなくざわめいていた。

「つまんねェ…。」

こつんっと足元の小石を蹴った。
ここのところどこにいても自分は邪魔な気がするのだ。
あちこちで普段走らない寺院の者達が小走りしていて、三蔵の姿は一日に一度か二度しか見ることが出来ない。
朝起きたら既に部屋にはいなくて、自分が寝る時間になっても帰ってこないから。
頑張って寝ないで起きてようと部屋のソファで粘るのだが、気がついたらいつも朝だった。
しかも自分の布団の中で。
たぶん無意識に布団に戻ったか…ありえないとは思うが三蔵が運んでくれたか。
次の日にソレを三蔵に確かめようにももう三蔵はいない。
忙しく走り回る皆を見ていると、やることもなく遊んでばかりいる自分はどうしても居心地が悪い。

「さんぞー…。」

今日は朝、ちらりと姿を見かけただけだ。
小坊主が後から今日のスケジュールとかいうのを言っているのを、「知るか!」とか言って怒ってた。
三蔵らしくて笑いそうになって、声をかけようとしたけれども。
ふっと目が合って、そして………三蔵がふいっと顔を逸らしたから。

『邪魔するなよ。』

三蔵の言葉を思い出して。
なんだか胸の辺りがズキっとして、声をかけることが出来なかった。
勢いよく上げた腕を下ろして、ただそのまま。それからずっとここにいる。
庭の真ん中の大きな木。
そこに背を預けて、ただ、一人で。

初めて三蔵に会ったとき、三蔵は俺の声が聞こえるって言ってた。
今もまだ、聞こえるんだろうか?
三蔵の姿は見えないけれども。
どこか遠くにいても、俺の声は、三蔵に届いているのだろうか?

「の阿呆!!」

がんっと足元の土を蹴る。
違う。本当はそんなことを言いたいんじゃなくて。

「つまんねェって。」

つまんない。
つまんないけれども、それとはまたちょっと違う気がする。
この感情は。
なんだろう?
でもこの感情をなんていうのか、俺にはよくわからなくて。
胸の奥が苦しくて、つまらなくて、そしてどこか………不安で。

「あーもームカついた!今日は早く寝てやる!!三蔵なんて知らないからな!!」

なぜだかわからないけれども、瞳が潤んだ。
なんでこんな感情になっているのか、わからない。
たかが数日、三蔵と口も聞いていないだけ。
たかが数日、三蔵と一緒に過ごしていないだけ。

つまらない。とか似ているようで、ちょっと違う。
この感情は―――――岩牢の中にいたときと少し似ていた。





2006/2/25 まこりん




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