■■■その感情の名は―――。2



自分の布団にもぐりこんで、すやすやと寝息を立てる猿にそっと近付いた。
今日はちゃんと布団で眠っているらしい。
くだらない仕事に疲れた身体に、連日連夜悟空を寝床まで運ぶのは億劫だったので、今夜は正直助かったと思った。
別に…運ぶのが嫌なわけではないが、いい加減風邪を引くのでやめさせようと思っていたのだ。
ソファで眠るのは。悟空が自分の帰りを待っていて、そこで待っていたまま寝てしまっているのだと、わかってはいたのだけれども。

「さん…ぞ。」

小さく聞こえた声に、ふっと悟空の顔を覗き込む。
すやすやと寝息を立てる悟空。
寝言なのだと理解して、そのまま小さくため息をついた。

「寝てても、起きてても、煩ェ奴だな。」

悟空を春に拾ってきてからもうすぐ半年以上たった。
年が開けて、桜の季節が終る頃だ。このサルを拾ったのは。
いつもいつも煩くて、つきまとって、邪魔で。
なのに、つきまとってこないとどこか…つまらない。
いや、つまらないとは違う。
なんだか胸の奥がぽっかりとあいたような…昔、体験したことがある気がする感情だ。

いつだったか。思い出そうとしても中々思い出せない。
悟空の寝るベットに腰を下ろすと、ぎしりと小さく音が鳴った。

「ん…?さ…ぞ?」

ふっと目を開けた悟空に、起こしてしまったのかと思えば、小さなその手が伸ばされて。
それを反射的に避けようとしたが、避けなかった。
伸ばされたては、戸惑うように自分の法衣に触れて。

「幻じゃ、ない?もう仕事、終った?」

今だ半分寝ぼけ眼でも、それでもうっすらと笑う悟空をじっと見つめた。
どこか。いつだったか、遠いどこかで。
覚えがある。

「あぁ。」
「俺の声、聞こえた?」
「…あ?」
「仕事中。」
「聞こえねぇよ。」
「もう、俺の声は、聞こえてない?」

泣きそうな悟空の声に、はっとした。
悟空が言っているのは、心の、声。
悟空を拾った時に聞こえていた、悟空の自分を呼ぶ声のことだ。

「………お前の声は………いつだって、煩い。」
「まだ、聞こえる?」
「…たまにな。」
「たまに?」

実際たまにしか聞こえない。
いつもいつも聞こえていたら、あまりにも煩くて耐えられないと思う。
だが、たまに聞こえるその声は…。

あまりにも真っ直ぐで、あまりにも誠実で、あまりにも………。

たまに辛い。
聞こえるその声の重みが。
なんでもしゃべり、なんでも思ったことをすぐに口にする悟空が、いえない言葉が…聞こえるから。
いつも抑えている、本心が聞こえるから。
悟空が自分を思う、まっさらな気持ちが聞こえるから。
それが重くて、辛いと思うことがある。

まっすぐな悟空の自分に向ける思いも、自分に向ける瞳も、受け止めるのがウザイ時がある。

お前が思うような人間じゃ、ナイ。

お前が求めるような人間は、俺じゃない。

「寂しいんだろ?」
「寂しい…。」
「俺が忙しくて。」
「うん。そう。寂しい。って、苦しい。」
「知ってる。」

悟空の姿は重なる。
まだ何も知らなかった頃の自分と。
光明と一緒にいた頃の自分と重なる。
江流であったころの自分と重なるのだ。

『寂しい』

この感情を胸に抱いたことがある。
江流だった頃に。
そんな自分にその感情を抱かせた人物。
そんな自分からその感情を消してくれた人物。

あの人のように消してやることは、自分には出来ない。

実際悟空にどんなふうに接していいのか、わからないのだ。
あの頃、光明はどうしてくれただろうか?
同じように出来るだろうか?自分に。
誰に?悟空に。

「寝ろ。俺は眠いんだ。」
「え?」

ごそごそと悟空の布団に身体を滑り込ませる。
すでに悟空の体温で暖かくなっていた布団は、冷えた身体にかなり心地良かった。
悟空に背を向けて、そのまま目を瞑る。

「寝るぞ。」
「ん。」

延ばされた小さな手が、自分の背中に押し当てられて。
ぎゅっと法衣がつかまれるのがわかった。
普段ならでてくる言葉が、でてこなかった。
小さなその手が、小さく震えていたから。

どうすることもできないから、どうすることもしない。
どうしていいのかわからないから、どうしてやることもできないのだ。

「三蔵。明日も仕事?」
「俺の仕事に休みなんてねェよ。」
「ん。」
「………。」
「俺、寝ないで待ってるから。だから…。」
「いいから寝てろ。」
「ただいま。って、言ってくれよな?」
「………。」
「おかえりって、言うから。」

胸の奥が苦しかった。

どうしていいのかわからない。
悟空に、どうしてやればいいのかわからない。
それが――――歯痒い。

「あぁ。」

だからただ、約束をするだけで。
どうせまたお前は寝るんだろうと思ったけれど言わなかった。
悟空の小さな手から伝わる振動がなくなったから。

聞こえ始めた寝息に、ふっと振り返る。
悟空の手が法衣の背を握り締めていたから、身体をそちらに向けることはなかったけれども。
振り返った先でみた悟空の頬に、乾いた涙のアト。

胸の奥が苦しかった。




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に…ニセモノ!!!
ニセモノ!!てかなんなの…三空でも空三でもなく。
ただのたんたんとしたお話に…!!
まだ連れて来てから時間がたっていないので、
微妙な二人の位置関係を書きたかったのに…。
久しぶりの更新がコレですか…!!





2006/2/26 まこりん




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