■■■氷


じっとりと暑くて暑くて。
法衣の下は汗でぐっしょりだった。
風通しをよくしようかと思い立って、部屋にある唯一の窓を開ければ
ミーンミーン。
ジージー。
煩い蝉の大群に負けて、即行で閉めた。
用意していた氷の入った冷たい飲み物は、とっくに氷が溶けてうすまってしまっていて。
今更飲む気にもなれやしない。

三蔵は軽くため息をつくと、愛用のタバコを1本取り出して。
口に咥えて火をつける。
ゆらりと揺れる紫煙をなんとなく見つめながら、目の前に広がる書類の山にうんざりしたように眉をひそめた。
ただでさえ鬱陶しい書類が、今日は手やら腕やらにひっついて更に鬱陶しいことこの上ない。

「クソ…。」

さっきからいつも部屋にいるはずの悟空の姿が見えないことに気がついて、ふっと視線を窓の外に向ければ、今朝悟空が言っていた言葉を思い出した。

『こんなに暑くちゃ俺、ひからびちまう!』

ばたばたと暴れるものだから、ただでさえ暑さでいらだっていたのに益々イライラが募って。
いつもみたいにハリセンで叩いてどなったのを覚えている。

『あーもー俺もーダメ。水浴びてくる!!』

そういって飛び出した悟空に、静かになって清々したと思って仕事に取り掛かったのだった。
いつも煩い悟空がいないので、仕事ははかどりはしたのだが。
時がたつにつれて益々暑く、高くなる気温に、仕事どころじゃなくなってきた。

「アイツ…どこまで行ったんだ?」

この熱い日差しの下じゃ、ただでさえ悪い頭が更に悪くなりかねない。などと呟きながら、三蔵は立ち上がった。
数日前、悟浄たちと行ったという池にでも行ったのかもしれない。
泳ぐのは好きらしいし、得意らしいから、よく行っているみたいだった。

外に出ようと一歩踏み出せば、蒸し暑さにくらりと頭がまわりそうになる。
心なしか目の前が熱で歪んで見えるような気がするのは気のせいだろうか?
ここまで暑くちゃ、死人が出てもおかしくない気さえしてきた。

「クソ…バカ猿。」

吸ってたタバコを投げ捨てて、足で踏み消して。
踏み出しかけた足が、止まった。

「さんぞー!!」

「………。」

嬉しそうな声をあげて、悟空が自分に向かって走ってきていた。
このクソ暑い中。満面の笑みで嬉しそうに走ってくる。
悟空は両手で何かキラキラ光るものを持っていた。
それに三蔵の眉が寄せられる。
キラキラ。キラキラ。
硝子の器に、キラキラと太陽の光に輝く何か。

「コレ!すっげぇから!!」
「なんだソレは。」
「冷たくて、すっげぇ気持ちイー…うわっ!!!!」
「ばっ…!!」

びちゃり。

カラン。

激しい音がして。
ぽたりぽたりと、三蔵の金色の髪から滴り落ちる冷たい雫。

「あ…あ…あの…さ。さんぞ…。」
「………。」

魔天経文をかけた、三蔵の肩がふるふると震える。
両手でしっかりともってた氷の入った器を、足元の石につまずいて激しく転んだせいで三蔵へとぶちまけた悟空は。
ふるふると肩を震わせる三蔵を、恐る恐る覗き込む。
いつもよりも眉間に皺が3割り増し。
いつもよりも怒り出すまでの溜が3割り増し。

「ささささ、三蔵っ!悪いっ…!!」
「こンの…バカ猿――――!!!」

ばちーん!!!

こりゃヤバイと逃げようとした瞬間、後ろからおもいっきりハリセンではたかれる。
そのあまりにもな手加減なしのはたきっぷりに、悟空はほんの少し涙を浮かべて振り返った。

「ひでぇよっ!んな思い切り叩かなくっても!!」
「ハリセンなだけましだと思え!!」
「だって俺、それが溶けないように必死に走ってきて…。」
「必死にぶちまけたのか。」
「ちげぇよ!」

このままでは銃まで構えそうな三蔵から慌てて離れる。
ふるふると肩を震わせていた三蔵が、ふっと…唇の端を持ち上げた。
その顔に、悟空の顔がさっと青く染まる。

「ままま、まった!!俺っ!三蔵が暑いと思って、涼しくなってもらおうと思って!」
「ほぅ…?」

いいたいことはそれだけか。
そう三蔵の瞳が言っていた。
いつものように銃を取り出して。
安全装置に指をかけて。
あの眼光で自分を睨みつけてくる三蔵に、ごくりと悟空は唾を飲み込む。

ぶちまけられた削り氷は、とっくにとけていて。
びっちょりと三蔵の髪と、服を濡らしていた。
額や頬に張り付いたその濡れた髪を、鬱陶しそうに指で拭って。
三蔵は安全装置をはずす。

かちゃりと響いた音に、悟空は慌てて三蔵の腕に抱きついた。

「まてって!三蔵っ!!俺、こんなの初めて食べたんだ。冷たくて、美味しくて、最近暑い日続きだったから三蔵もイライラしてて、だからっ…!三蔵も気に入ってくれると思って…。」
「かけられて気に入る奴がいるか。」
「ごめんってば!」
「………。」

必死に謝る悟空に、三蔵はトリガーにかけた指をはずした。
もうなんだかどうでもいい。
腕に引っ付いてきた悟空を、鬱陶しそうに引き剥がすと三蔵は部屋に戻った。
それを慌てて悟空は追いかける。
無口になった三蔵を怒らせたのだろうかと、不安そうな瞳で三蔵の様子を伺い見る悟空。
三蔵は思わず緩みそうになる口元を、そっと手で抑えた。
別に対してもう怒っていない。
悟空の気持ちを嬉しいと思ったのも確かなのだし。

部屋に戻って再び椅子に腰掛ければ、やっぱり濡れた髪や服が気になった。
軽く舌打ちすると、悟空が慌てたようにタオルを持って駆け寄ってくる。

「本当、ごめんな?三蔵。俺、こんなつもりじゃなかったんだ。」

わしゃわしゃと三蔵の髪を拭きながら、悟空は今にも泣きそうな顔で謝った。
その悟空からタオルを奪うと、三蔵はそのタオルで髪を拭いた。
あんなものを浴びせられて気分が悪かったのも確かだが、一瞬冷たくて気持ちよいと思ってしまって。それが少し悔しい。

わしゃわしゃと三蔵が髪の毛を拭く、その仕草を。
悟空はじっとみつめていた。
お風呂上りによく三蔵がする行為と一緒のソレは、どこか三蔵を色っぽく染めていた。
濡れた髪が、三蔵に張り付くのが好きだったし。
それがとてつもなく、色っぽいと悟空は思うのだ。
男なのに、こんな時の三蔵はいつも以上に色っぽいと思う。
色っぽくて、どきどきする。
削り氷をかけておいて、悪いとは思うけれど、こんな三蔵はとても綺麗で好きだった。

好きすぎてじっとみていたら、顔をあげた三蔵とばちりと目が合った。
何故か恥ずかしくて困ったけれど、そのまま視線を逸らさないでいると、いつもは先に逸らすはずの三蔵がじっと自分を見つめ返してきていた。
それがなんだかすごく不思議で。

「三蔵…?」
「あれはどうしたんだ。」
「え?あ…削り氷のこと?町で売ってて…八戒に買ってもらった。そしたらすごい冷たくて、美味しくて。三蔵にもあげたかったなァ…。だってココ、めっちゃ暑いじゃん?」
「そうか。」

自分が気に入ったもの。三蔵にもあげたかったのにあげられなかった。
それがすごく悔しくて、寂しくて。
でも自分が思うほど、三蔵はそんなに欲しそうではなくて。
それがやっぱりなんだか…寂しい。
だんだんと三蔵の目を見ていることができなくなって、悟空は俯いた。

「うん…でも三蔵…あまり欲しそ……。」
「行くぞ。」
「え?」

三蔵の言葉に、悟空は顔を上げる。
そして交わった瞳に、胸が一瞬だけ、音を立てて。
三蔵の紫暗の瞳が、じっと。自分を見下ろしていた。

「食べに行くぞ。」
「え?あ…行くの?」
「行かないのか。」
「行く!!」

心なしか。
三蔵の声が柔らかい。
自分を見下ろす紫暗の瞳も暖かい。
胸がほんわかと暖かくなって、悟空は満面の笑みで頷いた。
ばさりと長い法衣を翻して、三蔵が歩き始める。
その法衣の端を、そっと少しだけ。つまんで。
悟空は笑った。





>>>あとがき

暑中見舞いss。もう残暑見舞いか?
とにかくフリー小説です。
お持ち帰り・転載の許可や確認は特に必要ありません〜ご自由にどうぞ!
でも著作権は放棄していませんのでよろしくお願いします。
まだまだ書きなれない三空ですが、よろしかったら
もらってやってください〜!!

2004/08/17 まこりん



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