■■■紅葉の季節


さわさわと静かな心地よい風が、ほんの少し開いた窓から入り込んでくる。
のどかな昼下がりだった。ふと集中の糸がきれて、三蔵は顔を上げる。
見慣れた部屋の景色。
でも違和感。
そこであぁ…とその違和感の理由に気がついた。
いないのだ。部屋の真ん中にも隅にも。
いつも鼻歌なんぞを歌いながら落書きなり、どんぐりで遊ぶなりしている悟空がいない。
それにふっと違和感。
いつも目の前に広がる景色にいるはずなのにいないもの。

「チッ…。」

小さく舌打ちする。もちろんそれは、ここにいない悟空にたいしてではない。
ほんの一年前までは感じなかった違和感に気がついてしまった自分にだ。
三蔵法師としての山ほどある仕事の一部。
書類に目を通しているときには、寺の小坊主達は用件がないとこの部屋には寄り付かない。
用もなく寄付き、三蔵の機嫌を害ねてしまうことを恐れてだ。
騒がしくするものももちろんいない。
だから静かなのは当たり前で、自分もソレを好んでいた。
だが。今。静かであることに疑問をもち、自分の部屋に自分以外がいないことに違和感を感じ得た。
こんなこと今まで一度もなかったのだ。
そしていつもの景色を当たり前だと思っていたという事実。
驚きを隠せなかった。

そして更にイライラは募る。
悟空の不在。
当たり前になっていたいつもと違う景色。

「どこまでいきやがった?」

ちらりと時計をみれば、とっくに昼ご飯の時間はすぎている。
普段の悟空ならとっくに「腹減った!」と騒いでいる時間だろう。
今までの悟空のパターンからいって一人で先に食事というのはありえない。
たとえ自分の仕事が夜中まであろうが、一人で食うのは嫌だと。腹を激しく鳴らしながらも待っている悟空だからだ。
誰よりもおいしそうに嬉しそうに食事をする悟空。
そろそろ待ちくたびれているだろう。

しょうがないから立ち上がった。
立ち上がって軽くため息をついて、自分の背にあった窓枠に寄る。
少しだけ開いていた窓を押し開いて、半身を乗り出し辺りを見回した。
喉かな昼下がり。
辺りははらりはらりと舞い落ちる色とりどりの紅葉たち。
紅と黄の絨毯で埋め尽くされた庭。
空を見上げれば真っ青な青空が広がっていた。
こういうのを秋晴れと言うのだろうか。

そこで再び小さく舌打ちを一つ。
悟空の姿がない。
庭の木の裏にもいないのは確かだろう。
悟空がいるところは空気が違う。
周りの木の、草の、風の、鳥の。気配が違うから。
それにもっと騒がしい筈だった。

ということは庭ではない。
他に悟空の行きそうなところなど三蔵は知らなかった。
寺院内は煩い小坊主が多かったし、遊ぶ友達もいないはずだから。
あるとすれば数ヶ月前に知り合った二人のところだとは思うが。
だが悟空が自分に断りも無く二人の家まで行くとは思えなかった。
二人の家に行くには寺院を出なければならない。
寺院を出るということは悟空にとって遠出だ。
自分に断わり無く寺院を出ることは今まで無かった。

だから…今回も違う…とは思ったけれども。

今朝は起きてすぐにみた机の上に山積みにされた書類に、頭が痛くなって。
朝食もロクに食べずに悟空に軽く付き合ってやってすぐさま机に向かった。
それからずっと書類に目を通していて…朝食の後の悟空の行動をみていなかった。
もしかしたら何か話しかけられたかもしれないが、書類に集中していて聞いていなかったのかもしれない。
そして何か軽く悟空の言葉に相槌をうってしまったのかもしれない。
それで悟空は自分からの返事をもらえたと思って…出かけてしまったのかもしれなかった。
それが否定できないくらい、朝のことはあまりよく覚えていない。

「クソっ…。」

二人のところに行っているなら行っているでいい。
そこで昼食を貰っているはずだ。
だが…違ったら?

もう一度椅子に腰掛けて、イラだったようにタバコを口に咥える。
火をつけて…すぐさま灰皿に押し付けた。

「子供じゃあるまいし。」

心配するだけ無駄だ。
言葉に出さずに心の中で思って。
だが、しかし。

「心配?」

自分で自分の考えに驚いて…いらだった。
むしょうにイラだった。

「ぶん殴る。」

がたっと立ち上がって、そのまま空になったタバコの箱を握り締める。
そして……少しいつもよりも早い歩調で三蔵は部屋を飛び出した。















「アレ?三蔵。今日はどうしたんですか?悟空は一緒じゃないんですか?」
「………タバコを買いに来たついでに寄っただけだ。」
「めっずらしー。」

にこにこ笑顔の八戒が、お皿を洗っていた。
昼食の直後なのだろう。
悟浄は相変わらずソレを手伝いもしないで、タバコをふかしていた。
いや、二人はどうでもいい。
あまりあからさまにあたりを見るのもどうかと思って、三蔵は目で軽く二人の家の中を見回した。
探している人物の影も形もない。
気配すら感じなかった。
ということはここにはいない。

「…猿ならいないけど?」
「誰が悟空を探していると言った。」
「アレ?違った?」

ガウンっ!!!

にまっと笑った悟浄に銃を一発。

「おわっ!?…っぶねぇなぁっ!三蔵っ!」
「煩い。もう一発いるか?」
「三蔵。悟空とはぐれたんですか?」
「……チっ。」

今日何度目かももう既にわからない舌打ちをまた一つ。
悟浄の口笛が聞こえて、睨みつけると悟浄はへいへいと言いながら部屋の奥へと姿を消した。
八戒が困ったように笑いながら、濡れた手をタオルで拭くと近づいてくる。

「町でですか?」
「……寺院だ。」
「それなら寺院にいるんじゃないですか?悟空は黙って寺院の外に出たりしないでしょうし。」
「…戻る。」
「まぁ、こっちにきたら探していたって伝えておきますよ。」

にっこりと笑う八戒。

「探してねぇよ。」
「ちゃんと伝えときます。」
「………。」
「心配してたって。」
「…してねぇ。」

にっこりと笑う八戒。
やっぱりこいつの笑顔はわからない。
そう思いながら三蔵は買ったばかりのタバコを口に含んだ。
苦いタバコの味が、いつもと違う気がした。

二人の家を出る瞬間。

「本当に、素直じゃないというか…不器用な人ですねぇ。」

八戒の困ったようなため息と聞こえてきた言葉。
もう一度舌打ちして、そのままタバコを落とした。















「あの者なら今日は見ていませんが。」

寺院の小坊主達に聞いても誰一人、悟空とは会っていないと言う。
もうすでに昼を過ぎてから大分たっている。
あの悟空が空腹も訴えずに一体どこにいっているというのか。
あの悟空が退屈な三蔵の部屋から出て、一体どこに向かったというのか。

『三蔵がいないと夜眠れないんだよなぁ…だから俺もつれてってくれよ。』

仕事で数日寺院を三蔵が離れたときの悟空の言葉をふっと思い出した。
たまたま思い出しただけだったのだが、それが胸に引っかかる。

『最近涼しくなってきて、腹いっぱいになると眠くなるんだよなぁ。』

暑い夏から涼しい秋に移り変わる、季節。
あのじめじめした暑さから開放されて、窓から入り込んでくる心地よい風。

『あっ、でも俺、よく眠れる場所見つけたから。』

頭が痛くなった。
やっとわかった。
悟空の居場所。

そりゃ空腹を訴えることもないだろう。

寝ていれば。

真っ直ぐに向かうのは寝室。
自分と悟空の寝室だ。

「このバカ猿っ!!」

勢いよくドアをあけて、脱力しそうになる。
すやすやと。これでもかってくらいに気持ちよさそうな寝顔で眠る悟空。
ふとんに沈んで、小さく丸まって。
手に持つのは紅い紅葉。
そういえば朝、悟空が窓から身を乗り出して、楽しそうに落ちてくるコレを受け止めていたのを思い出した。
幸せそうに眠る悟空。

「ん〜〜さんぞぉ…。」

小さな柔らかそうな唇が動く。
三蔵は聞こえてきた寝言に、ハリセンを握り締めて振り上げた腕を止めた。
三蔵のベットの真ん中で、心地よさそうに眠る猿。
その悟空の唇から零れた名前。
一体何の夢を見ているのか…と、気になりはしたけれど。

「起きろ。」

ぱしんっ。

心なしか、力が緩んで情けない音。
それでも悟空はゆるりと…目を開けた。

そしてぱちぱちと瞬きを数回。

そしてぐぎゅるる〜〜っと。
お約束な音が悟空の腹から響く。

「アレ?さんぞ?」
「……てめぇは……。」
「腹減った。」
「…だろうよ。今何時だと思ってる。」

三蔵の言葉に悟空は慌てて窓の外を見て…うっすらと夕焼け色に染まる景色に、目を大きく見開いた。

「あー!!俺っ!昼食逃したっ!!!!」
「問題はソコじゃねぇっ!!!」

バチンっ!!

今度はおもいきり。
激しい音を立ててハリセンが振りおろされて。
おもいきり叩かれた後頭部を抑えて、悟空は怒り出す。

「いってぇ!!何すんだよ三蔵っ!!」
「てめぇのせいで俺は散々歩き回ったんだよ!!!」

思い切りご機嫌ナナメな三蔵に悟空の怒り顔がくるっと変わる。
疑問に満ちた悟空の瞳に、三蔵は自分の言葉を思い出してチっと舌打ちを一つ。

「何で?」
「……煩い。」
「三蔵、もしかして俺のこと探してた?」
「探してねぇっつってんだろうが。どいつもこいつも…。」

いらいらした。
悟空を拾ってからというもの、こいつには振り回されている気がしてならない。
一人でいることが当たり前だった景色に、悟空がいないだけで取り乱して。
昼食もとらずに悟空を探しに行くなんて自分らしくない。

「いいから降りろ。」
「え?何で?」
「夕食食べに行くぞ。」
「その前に昼食じゃないの?」
「てめぇは何回食べる気だ。」
「一日7回は絶対食う。」
「………。」
「三蔵も一緒だぞ。」
「………。」

寝起きだけはすこぶる良い悟空。ぴょんっと跳ねるように三蔵のベットから降りると、にまっと笑って。
その悟空に三蔵は軽くため息をついた。
辺りはもう夕焼けに染まる頃。
橙と青のコントラスト。
寝室を出てみれば、机の上にはまだまだ途中の書類の山。
頭が痛くなった。

悟空のせいで自分は昼食を逃し。
街まで出て悟浄と八戒の家まで行って。
いらん恥をさらして。
更に寺の者達に悟空の事を聞いて回って。
結局朝早くから取り掛かった書類はまだ終わっていない。

最初から悟空はこの部屋から出ていなかったのではないか。
自分のベットの上で幸せそうに眠っていて。

「……なんで俺のベットなんだ。自分のベットで寝ろ。」
「だって三蔵の匂いがするから、よく眠れるんだ。三蔵に抱かれてるみてぇだし。」

にこっといつもの太陽みたいな笑顔。
それでとんでもないことを相変わらず当たり前のように口にして。
三蔵は痛む頭に指を押し当てた。

ばかばかしい。
ばかばかしすぎて頭が痛い。
もうどうしようもないくらい。

ヤラレテル。

「あ、そだ。三蔵!俺のこと探してくれてさんきゅうな!だから、コレ、やるよ。」

にぱっと笑う悟空。
一瞬驚いて言葉を失って。
そんな三蔵のてのひらに、かさりと押し付けられた紅葉。

「今日の俺の戦利品。」

再び満面の笑みで笑う悟空。
かさりと渇いた音が手のひらの中で響く。
なんとか口にした言葉はやっぱり。

「探してねぇよ。」

辺りはもうすぐ橙色で染まっていく。
少し頬を膨らませた悟空に、ふっと…三蔵は口元を緩めた。





>>>あとがき

2回目の参加のまこりんです
ここまで読んでくださった方ありがとうございました
今回のテーマ『不器用』をみて真っ先に三蔵様が浮かんだのですが
あまり上手く『不器用な三蔵』が書けなかった気が…
悔しいです…(><)
三蔵様って不器用だと思うのですが…ダメですか…?
前回といい今回といい…少しテーマからずれてますか…私の書くもの…(汗)

2004/09 まこりん



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