■■■境界



「え?」

予想もしていなかった言葉に、息を呑んだ。
別に三蔵のことなんて考えてもいなかったのに、真っ先に頭に浮かんだのは三蔵の顔だった。

どうしよう。
どうしよう。
どうしたらいいんだろう?

こんな時なのに、なんだか泣きたくなって。
こんな時なのに、なんだかむしょうに三蔵に会いたくなった。










「何か…あったのか?」

煙草を灰皿に押し付けて、三蔵が起き上がった。
目の前でさっき脱ぎ捨てた白いシャツを、素肌に纏うその後姿をじっと見つめて。
三蔵にはかなわない。自分の様子がおかしいことなんて、とっくにばれていたんだろう。
それを真っ先に聞かなかったのは、行為の途中だったからなのか、それともただ自分から言い出すのを待ってくれていたのか。

「……俺、今日クラスの女子に『好き』って、言われんだ。」
「珍しいこともあるもんだな。」
「どーしよー…俺、なんかすっげェ泣きてェ気分だ。」
「………なんでお前が泣きたくなんだよ?」
「わっかんねェ。」

両手で瞼を覆った。
指先が震える。
頭に浮かぶのは、頬を染めて俯きながら、俺にその言葉を言った彼女の顔だ。

今日は三蔵がバイトだから、悟浄でも誘ってゲーセンでも…って思ってた帰り道。
呼び止められて、制服の裾をきゅっと掴まれて。
何事かと思って振り返れば、俯いた彼女がいた。
真っ赤だったから具合でも悪いのかと思って、声をかけようとした瞬間…小さく囁かれた言葉と、俯いていた顔を上げた彼女が自分を見据えた真剣な瞳。

どきりとして、頭の中が真っ白になって。
真っ白な頭に次の瞬間浮かんだのが、三蔵の顔だった。
素っ気無い顔。いつものように無愛想な、素っ気無い顔。でも、それがまた次の瞬間、ふっと細められた瞳に変わって。
胸が苦しくなった。

三蔵に好きだと告白したのは自分からだったから、『好き』だなんて告白されたことは今まで一度もない。

だからどうしていいのかわからなくて。
困りながらも『好きな人がいるから』と断れば、泣きそうな顔をされた。

「………で?どうした。」
「だって、俺には、三蔵がいるし。三蔵しか、考えられないし。」
「………なら断ればいいじゃねェか。」
「………彼女が、泣いて、頼むから。」
「………。」

辛かった。苦しくて、辛くて。

「せめてキスをしてくれたら諦めるとか、言うから。」
「したのか?」

さっきまで俺に背を向けたままだった三蔵が、ゆっくりと振り返った。
紫暗の瞳が、俺を射抜いて。
どきりとして、唾を飲み込んだ。

「できなかった。」
「ってことは、しようとしたんだな?」

言葉が少し棘のあるものに変わった。

「だってたかがキスじゃん。ただの唇と唇の接触だろ?そんなのたいしたことねーって、思ってたから。」
「せめてデコにしろ。めんどくせーことになっても知らねぇぞ。」
「でも、できなくて。なんか、ずっと…頭の中、三蔵がぐるぐる回ってて。」
「………。」

白いシャツの、前をはだけさせたまま。
三蔵が俺がまだ寝ているベットに腰掛けた。
きしりと音がして、三蔵の手が伸ばされて。
そのまま俺の頬に触れる。
見下ろしてくるその紫暗の瞳は、相変わらずとても綺麗で。

「そしたら、すっげー三蔵に会いたくて。なんかすごく会いたくて。気がついたらココの前にいて…。」
「………そうか。」

頬に触れていた手の、親指がそっと俺の唇の輪郭をなぞって。
思わずソレを舐めたら、三蔵がふっと唇の端を緩めた。
その表情にどきりとして。
無愛想な三蔵の表情が、和らぐその瞬間が凄く好きで。

「俺、やっぱり三蔵しかダメだ。」
「………。」

頬に触れるその手に、自分の掌を重ねた。
そしてそのままその手に、自分から頬を摺り寄せる。

「三蔵とじゃなきゃキスしたくないし、三蔵じゃなきゃ嫌だ。」
「………。」

何も言わず、ただじっと見下ろす三蔵の瞳をじっと捕らえる。
吸い込まれそうな紫暗の瞳が、金糸の隙間からちらちらとみえて。
その金糸を震える指先でかきあげた。

「三蔵。キスして?」

そう強請れば、優しい唇がゆっくりと降ってきて。
しっとりと触れたその唇を、もっと。と求めるように舌をさしだす。
差し出した舌をぺろりと舐められ、そのまま食べるように唇を奪われて。

もう何度口にしたかわからない言葉を言おうとした瞬間、柔らかなベットにそのまま縫い付けられた。



2006/05/16 まこりん

前回の続きです。
なんていうか、こーセンチメンタルな物を書きたかったんですが、
途中から段々よくわからなくなってきました。
むしょーに恋人に会いたくなる瞬間。が書きたかったんですけれども。




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