■■■三空日記13



肌寒いどころか今だ寒い2月。
外ではチラリホラリと白い雪がたまに舞うくらいに寒い2月のある日。
主のいない部屋の真ん中に座り込み、画用紙に好きなように絵を書いていた悟空の腕がぴくりと止まった。
鼻を擽る香りと、耳に届いたざわめき。

ぱっと顔を上げると、すんっと鼻を啜って。
止めていた動きを、ぴょんっと飛び上がるようにして立ち上がることで再開する。

庭の方が騒がしい。
騒がしいということは、この寺の主が帰ってきたということ。
この寺の主といえば、この部屋の主で…そして悟空が帰りを今か今かと待っていた人物だ。
描きかけの絵もそのままに、勢いよく歩き出す。
そして部屋を出ようと、扉に手をかけた。

「さんっ…。」

そして…その人物の名前を呼ぼうと口を開いた瞬間、手をかけたドアが勢いよく開く。
ガチャリと音がして開いたそれを、悟空は驚きながらも反射的に避けた。
そして顔を上げればドアの向こう側。
今まさに名前を呼びかけた人物が、いつもどおり眉間に皺を寄せてたっていた。

「うわっ…!?」
「………なんだ騒々しい。」
「お、おかえり三蔵っ…!!」

不機嫌そうに眉間に皺を寄せた三蔵が、するりと部屋の中に入り込む。
帰ってきた三蔵に、悟空はにっといつもみたいに笑った。

「寒かったか?外、たまに雪が降ってた。」
「さみぃに決まってんだろ。」
「じゃあ待ってろよ。今八戒に教わった飲み物持ってくっから!」
「…八戒に?」
「超甘くってあったかくって、うめぇから!三蔵にも飲ませたいって思って、教わってきた。」

これがあげたくてあげたくて、悟空はただでさえいつも楽しみに待っている三蔵の帰りを、今日はいつも以上に楽しみにして待っていたのだ。
今か今かとそわそわしながら。

八戒に教わったソレを、鍋にかけて暖めて。
借りた厨房にその匂いが充満する。
甘ったるいその香りに、悟空は満足そうに笑った。




三蔵は―――といえば。
帰ってきて一服しようかといつもの椅子に座って。
ゆったりと静かなその空間を満喫していたところに、明らかに『甘い』その香りが届いて眉を寄せた。
先程悟空の言っていた『甘い飲み物』の正体がわかって、眉を寄せる。
匂いをかいでいるだけで胸ヤケがしそうだった。
そしてそれはだんだんと近づいてくる。
おそらく満面の笑みで、悟空はソレを持ってくるのだろう。
自分に飲ませるために。
眉間の皺が少しだけ、増えた。

「三蔵っ!お待たせっ!!」

ばんっと扉が開いて、その甘い液体と悟空がやってくる。
これでもかってくらいに満面の笑みの悟空と、悟空の持ったカップから漂う甘い香り。
益々三蔵の眉間には皺がよって。

「ホットチョコってんだって。」
「………お前が飲め。」
「えー!?だって八戒が寒いときはコレを飲むといいって言ってくれたんだぜ!?三蔵寒いだろ?超うめぇから!飲んでみろって。」
「………。」

ぐいっと押し付けられるそのカップを、三蔵は悟空の勢いに押されて受け取った。
中を見れば益々胸ヤケがしそうなくらい甘い香りがする。
ちらりと悟空を見れば、今か今かと楽しそうな瞳で、悟空は三蔵をじっと見つめている。
舌打ちを一つして、三蔵はカップのフチを口に含んだ。

「……甘い。」

一口口に含んで呟けば。

「うめぇだろ?」

何を照れているのかさっぱりわからないが、少し頬を紅く染めた悟空が、照れくさそうに笑った。
笑って、笑って…笑って。そして何故か知らないけれどその笑顔が、幸せそうな笑顔で。
三蔵の唇の端が持ち上がる。
酔っていた眉間の皺が、少しだけ減った。

「ああ。そうだな。」

そしてその三蔵の言葉と眉間の皺に、悟空は益々へへっと照れくさそうに笑って。
三蔵の机に身を乗り出すようにのると、三蔵の顔を覗き込んだ。

「甘い?」
「ああ。」
「でもあったまるだろ?」
「ああ。」
「たまにはいいだろ?甘いのも。」
「そうだな。」

へへっと幸せそうに笑った悟空は、少し照れくさいのか三蔵から視線を逸らすように部屋の端にあるソファに視線を向けた。
そしてソファの上に無造作に置かれた袋に気がつく。
そういえばさっき三蔵が手に持って帰ってきた袋だと、その時ふっと思い出して。

「さんぞ。あれ、何?」
「…ああ。お前にやる。」
「え!?」
「普段土産土産と煩いからたまにはな。」
「俺に!?マジっ…?サンキュウな!!」

どたどたとその袋に近づいて、ごそごそと袋の中身をあさって。
小さな悟空の手のひらの中、あるのは四角い箱。
それをまじまじと見つめた悟空の顔が、再び笑みに変わる。

「チョコだ!」
「たまには…甘いのもいいだろう?」
「めっずらしー。三蔵が買ってくるのは大抵大福とかまんじゅうとかなのに。」
「今日くらいはな。」
「今日?」
「……食え。」
「おう!」

いつもとちょっと違う三蔵のお土産。
いつもは自分の眼を見て話す三蔵の、逸らした目線。
それにまったく気がつきもしないまま、悟空は嬉しそうにチョコの箱をあけた。







2005/02/14



>>>戻る