■■■三空日記17



「あー!いいお湯だった♪」

ほかほかと体中から湯気と石鹸の香りをたてながら、ぺたぺたと足音を立てて歩く。
目の前にあるベットに座ると、悟空はごろんっと寝転がった。
目の前に広がるのは見慣れた天井。
ここ数日寝泊りしているから。

カミサマと戦って、負けて、マージャンやって。
みんなの体調が戻りしだい、リベンジ。
ぐっと拳を握り締めて、そして天井を睨みつける。
今でも覚えてる。
あの体中の痛み。燃える様な熱と、痛み。
三蔵の血。
悟浄の、八戒の、そして自分の血。

「今度はぜってぇ勝つ。」

誰に言うでもなく、ただ力強く呟いて。ふいっと横を見れば、お風呂に入る前に自分が投げ出した包帯が落ちていた。
自分の脚に巻いていた包帯だ。
八戒が気孔で傷口はふさいでくれたとはいえ、あの深い傷はそう簡単に癒えなくて。
傷口はないけれども、いつどんな刺激でまた傷口が開くかわからないから、ちゃんと巻いておくようにと八戒に言われたのを思い出した。

包帯を手にとって、そしてうっすらと紅く残るラインを指でなぞる。

ぞくぞくと背中に鳥肌が立った。

「ちっくしょー…。」

うっすらと紅く残るラインは傷のあった証。
中に残った珠を、指で直接えぐられたあの感覚。
遠くで三蔵の声が聞こえた。
次の瞬間、燃えるような熱を持った、あの痛みで気を失った。
気がついたらここにいた。

悔しい。

悔しい。

悔しすぎて。

「あーもーくそっ…。」

包帯をぐるぐると足に巻きつける。
さっさとこんな傷治して、さっさと奴をぶん殴りに行かなければ。
三蔵たちに置いていかれたくもなかったし。
ぐるんぐるん。適当に巻きつけて、適当にテープで止めて。

わきわきと足の指を動かすと、微かに響く痛みに眉間に皺を寄せる。
なんだかやっぱり悔しくて、唇をかみ締めた。
そしてぶんぶんと頭を大きく振ると、再び握りこぶしを一つ。

「メシ!メシ食えばぜってぇ治る!」

さっきからぐーぐーと音を立ててる腹をさすって、下に何か食べに行こうかとベットから起き上がった瞬間、ばたんっと音を立てて扉が開いた。

「…っれ?三蔵?」

その扉を開けた人物は、自分の大切な人。
金の髪。
紫暗の瞳。
そして白く細い身体中に巻かれた包帯。

「どこへ行くつもりだ?」
「メシ食いに。」
「さっき食ったばっかだろーが。」
「でも腹へってしょうがねぇし。」

三蔵の身体中に巻かれた包帯から、目を逸らした。
見ているのが辛くて。

「その前に手伝え。」
「は?」

三蔵の口から初めて聞いた言葉に、思わず声が裏返る。
びっくりして顔を上げれば、三蔵は手に持っていた新しい包帯を軽く持ち上げた。

「包帯を替えろって煩せぇんだよ。」
「誰が…?あ、八戒?」

ぽいっと投げられた包帯を慌てて受け取った悟空の前に、どさっと三蔵は座り込んだ。安物のスプリングのベットが軋んで、悟空はバランスを崩すとそのまま目の前の三蔵の肩に手を置く。
置いて…置いた瞬間、手のひらに伝わる三蔵の肌の感触に、一瞬と惑った。
久しぶりに触れた三蔵の肌に、胸が――――高鳴って。

「しょうがねぇなぁーもー。」
「笑ってンじゃねぇよ。」
「べっつにー?」

にっと笑うと、悟空は三蔵の腕に巻かれた包帯をするすると解き始める。
はらり。はらり。
白い包帯が解かれて、現れる三蔵の白い肌。
無駄な肉のない、しなやかな身体のライン。
そこに残る、自分のと同じような数々の紅いライン。

それにそっと指で触れれば、三蔵の肩越し。
僅かに振り返った三蔵と、ばちりと目が合う。
そこで慌てて、傷口から指を離すと、綺麗な包帯を手に取った。
上手く巻きつけられるかはわからないけれども、とりあえずさっきと同じようにすればいいはずだ。

「こんな感じ?」

くるくると三蔵の腕と腰に包帯を巻きつけながら、悟空は三蔵に一旦聞いてみた。
やり直しと言われても困るのだが。
巻きつけて、テープで止める。
これでも自分の包帯に比べれば、はるかに丁寧にきちんとやったつもりだ。

「ああ。」

返ってきた三蔵の言葉に、ほっと胸を撫で下ろして。
ぐう。と小さく音を立てたオナカをさすった。
忘れていたけれど、さっきからオナカがすいてしょうがない。
とりあえず何か食べたかった。

「三蔵も一緒にメシくいに行こうぜ?」
「結局ソレか。」
「だって腹へってしょうがねぇんだ…っつ…。」

すとんっとベットから飛び降りた悟空が、足に伝わった振動による痛みに一瞬眉をしかめる。
それを見逃す三蔵ではなくて。
苦痛により小さく漏れた悟空の声を、聞き逃しはしなかった。

「おい猿。」
「猿じゃねぇって!」
「緩んでるじゃねぇか。」
「え?どこ?」

三蔵の言葉に、悟空は慌てて三蔵を見た。
自分が巻いた三蔵の腕と、腹の包帯。
しっかりテープで止めたから、三蔵が言うように緩んでいるようでもない。
それでも三蔵の言葉に心配そうに、きょろきょろと三蔵を見る悟空の、その脚を。
三蔵は掴んだ。

「うわっ…!」

そしてぐいっと高く抱え上げられて。
突然のことに悟空はバランスを崩すと、さっき下りたばかりのベットに崩れ落ちた。
幸いベットなので柔らかいといえば柔らかいのだが…。

「って…三蔵っ!何す…。」

思い切り頭から崩れ落ちたため、布団に突っ伏した鼻が痛い。
ソレをさすりながら抗議しようと振り返れば。
掴まれた脚の先。自分がさっき適当に巻いた包帯がほどけてきていた。
それが目にはいってやっと、三蔵が言ったのはコレに対してだったのだと気がつく。

「相変わらずいい加減なやつだな。」
「でも三蔵のはちゃんとやったぞ。」
「…知ってる。自分のもちゃんとやれっつってンだよ。」
「………別に俺のは…っつ…。」

眉をしかめて、三蔵を睨みつける。
三蔵がその脚を掴む手に力をこめたから、痛みが走ったのだ。
じんじんと脚から熱が伝わる。
それは―――痛みからだろうか?それともソコをつかむ三蔵の熱なのだろうか?
もしくは―――――。

「座れ。」
「マジ!?」

三蔵の言葉の意味を理解して、悟空が驚けば三蔵がぎろりと悟空を睨んだ。
だから悟空は言われたまま座ると、三蔵に足を投げ出す。
するすると自然と解けていく包帯。
自分の足を抱えた三蔵の指が、ソレに触れて。
その光景になんとなく驚いて、悟空は目を見開いた。

「なんか懐かしいな。昔よく怪我したときこうして三蔵が包帯を巻いてくれた。」

そしてにっと笑う。
両手を後について、身体を支えて。
抱えられた脚先で、白い包帯がするすると解かれていく。

数年前。三蔵と出会ってすぐの頃。
しょっちゅうあちこちを怪我しては、三蔵の部屋へと戻ってきて。
文句を言いながら、怒りながら。
それでも三蔵は治療をしてくれたのだ。
俺が寺院の…他のやつらに触れられるのを極端に嫌がったから。
嫌だから自分でやると言って自分でやったのだが…下手くそだわ、ちらかるわで益々大変なことになって…よく三蔵に怒られた。
でも。それでも怒りながらも、三蔵は丁寧に包帯を巻いてくれて。

ソレが凄く嬉しかったのを、今でも覚えている。

「忘れた。」
「嘘つくなよなー三蔵っ。」
「……俺に面倒をかけるなと言っただろうが。」

ぴくりと、悟空の脚が、揺れた。
それに一瞬三蔵の手が止まる。

「ごめん。三蔵。」
「………。」

するすると解かれた包帯。
三蔵は悟空の足をいったん置いて、その包帯を器用にくるくると一度巻きもどした。
そして悟空の足首を再び掴むと、ふっと…その脚に残る、紅い線に目をとめた。

「……痛むか?」

低い三蔵の声に、一瞬息を呑む。
こくりとつばを飲み込んで、なんともいえない…初めて見る表情をした三蔵をじっと見つめた。
大好きな三蔵の紫暗の瞳が細められて、その先には自分の脚。
そして紅いアト。

「全然。」
「………嘘をつくな。」
「嘘じゃねェって。」

唇を尖らせれば、三蔵の口元が緩む。

「相変わらずだな。」
「……だって痛くねェもん。」
「そうか。」

そして伏せられる瞳。
するすると三蔵の補足長い指が、悟空の脚を滑って…紅いアトをゆっくりと撫でる。
とたんに背中にぞくぞくしたものが這い上がってきて、悟空は唇をかみ締めた。

「さんぞっ…。」

ぎゅっと、握り拳を作る。
震える脚を、そのままに。
そっと…手を伸ばして、三蔵の腹に巻かれた包帯に指先で触れた。
まるで触れてはいけないものに、触れるように。
恐る恐る指先を伸ばして、三蔵の顔色を伺う。
いつもとかわらない表情の三蔵に、ほっとして。
そのまま指先でそっと撫でた。

「痛むのか?」
「いや。」
「もう、痛くねェ?」
「ああ。」

少しだけ、眉をしかめた三蔵の、その嘘にふっと笑う。
お互い素直じゃないのはやっぱり相変わらずで。

「なぁ、三蔵。俺、ずっと言いたかったことがあんだけど。」
「なんだ?」

三蔵の声が低くて、そして優しくて。
触れた指先に伝わるその熱に、涙が滲んだ。

ずっと、ずっと。

こらえてた。

ずっと、ずっと。

言いたかった。

「さんぞ。俺、三蔵とキ…。」

言い終わる前に、唇を塞がれる。
とたんに胸が苦しくなって、涙が溢れて。
止まらなくなる。
今までこらえていた色々なものが、急速に溢れ出して。
堪え切れなくて、堪えきれる筈がなくて…どんどんと溢れて。
まるで酸素を求めるように、自然と相手の唇を求めた。
唇を、そして熱を。

「さんぞっ…俺っ…。キスしたかった。触れたかった…し、触れられたかった。でも、三蔵怪我っ…してっから…。」
「バカ猿。」

なんで涙が出るのかわからなかった。
わからなくて、でもとめられなくて。
馬鹿みたいに後から後から溢れて。

「我慢してたんだぞ!?三蔵が辛いと思って、俺っ…。」
「そうか。」
「なのに、ひでェよ。バカ猿って…。」
「それがお前だけだと…思っていたのか?」

「え?」

三蔵の首に抱きついた悟空の、耳元で響いた声。
囁くように、言い聞かせるように、聞こえた……世界で一番好きな人の声。

「さん…。」
「脚はもう痛くないといったな?」
「え?あ、うん。」
「じゃあ、もういいな。」

聞こえた声に、びくりと体が反応する。
直接的なことを言われたわけではない。
それでも耳元で聞こえる声の低さ、抱きしめられた腕の強さ、重ねた胸から伝わる心臓の音。

それだけで、悟空の体までもが熱く火照りだして。

「三蔵は怪我…。」

そして再び、言葉は唇で遮られる。

きつく抱きしめあうような、お互いの体の隙間さえも埋め尽くそうなきつい抱擁も。
求め合うような唇の熱を感じるキスも。
どれもずっと、欲しくて、ずっと感じたくて、でも我慢していたもので。
久しぶりに感じたソレは、懐かしくて、どこかほっと安心して、そしてやっぱりとても胸が切なくなるもので。
当たり前のようにしていたことだったのに、それは当たり前ではなかったのだと今更感じて。
できなくて、できなくて、辛くて、欲しくて。

渇望してた。

「三蔵っ…好き。あーもー俺、三蔵のこと、好きだ!」
「そうか。」
「三蔵は?」

「……じゃなきゃ…しねェだろ。こういうことは。」







2005/03



>>>戻る