■■■三空日記6 自分の頭から遠のいていく腕の行方を、じっと見つめて。 その視線に今度はその腕の持ち主が、僅かに首をかしげた。 「悟空?」 「な、八戒。もっかい今のやって。」 「今の?」 「ぽんってやつ。」 ただ出さえ大きなまあるい瞳を、更に大きくさせて。 悟空が真剣な顔つきで八戒に詰め寄った。 その悟空の言葉に、八戒はいつものようにゆったりと笑う。 「いいですよ。」 そして先程ひっこめた腕を、もう一度悟空の頭の上に乗せた。 そしてぽんぽんと、数回叩くように撫でて。 また腕を引けば、再び悟空の視線をその腕に感じた。 「うん。さんきゅーな!」 そして満面の笑み。 よくはわからないけれど、悟空が望んだことはしてあげることができたらしい。 八戒はどういたしましてと笑うと、肩の上で僅かに鳴いたジープの頭をそっと撫でる。 「はいはい。ジープもですね。」 そして走り去った悟空の背中を、じっと見て。 さっきのはなんだったのだろうかと、相変わらずこういう時の悟空の考えていることはわかりませんね。三蔵がらみだとは思いますけれど。と呟いた。 「なぁ、悟浄!頭撫でて。」 「…あ?なんで?」 想いっきり怪訝そうな顔をして、悟浄は悟空から見たらちっとも面白そうでもない雑誌から顔を上げた。 俺は今忙しいんだからあっちにいけ。と言うと、てのひらで悟空を追い払おうとする。 それでも悟空は引くつもりはない。 「いいから!」 「あ〜〜も〜〜なんだよ。オラ。」 そしてわしゃわしゃと悟空の頭を掻き混ぜる。 「てててて。」 「ホラ、さっさと向こう行け。」 「おう!悟浄!サンキューな!」 「………?」 悟空の言葉に悟浄は驚いて、じっと走り去った悟空の背中を眺めた。 一体全体、今のどこが「サンキュー」なのかわからない。 おもいっきり掻き混ぜた自分の力の強さは、自分でわかってた。 相変わらず三蔵がらみだとは思うが、こういう悟空の意味不明な行動はよくわからない。 ま、いっか。と短くなったタバコを灰皿に押し付けて、再び雑誌に目を向けた。 「三蔵っ!」 「うるせぇ。」 バチーン! ばたん!と勢いよく扉を開けて駆け込んできた悟空に、間髪いれずに三蔵のハリセンが飛んでくる。 それにいててて。と頭を抱えて悟空が座り込むと、三蔵はふんっと小さく鼻を鳴らした。 そしてさっきまで目を通していたのだろう。 新聞に視線を移す。 「な、な、三蔵。」 「……なんだ?」 「頭撫でて。」 「なんで俺が。」 新聞の文字を追う目をとめずに三蔵は言い放つ。 ぱさりと新聞の捲れる音がして、悟空は僅かに口を尖らせた。 「いーじゃんかよ。それくらい。」 「ウゼェ。」 「三蔵のケチー。八戒も悟浄もしてくれたのに。」 「………。」 僅かに三蔵の視線が止まる。 新聞からゆったりと視線を悟空に移せば、口を僅かに尖らせた悟空がいた。 それに小さく舌打ちすると、新聞を掴んでいた手を放して――――。 ぽすっと。 悟空の頭の上に手を置いた。 それに悟空のとがっていた唇の端が、にまっと笑みへと変化して。 えへへ。と小さく笑うと、頬を僅かに紅く染めて。 「やっぱそっか!うん。サンキュー三蔵!」 「………。」 自己完結。 満足そうに笑って、悟空はそれを三蔵に向ける。 意味がわからないのは三蔵の方で。 「………。」 何が「そっか」で、なんで笑ってるのか。 意味がわからない。 「何が『そっか』なんだ?」 「え?ああ―――。」 そしてひまわりみたいに笑って、頭の後ろで両腕を組んだ。 悟空の笑顔に、三蔵が息を呑む。 「八戒のは優しくて、悟浄のは痛くて、三蔵のは胸が擽ったい。」 「………。」 「このへんが、きゅっとして、苦しくてでも嬉しくて、なんだか幸せになれるんだ。」 ぽんっと左胸を叩いて。 悟空はにっと笑った。 その悟空に、三蔵は―――もっていた新聞をばさりと投げ捨てた。 「一番好きだなって、やっぱりそっかって、思っ――――。」 投げ捨てて、新聞を持っていた手を悟空の胸倉に伸ばす。 突然ぐいっと胸倉をつかまれ、引き寄せられ。 悟空の言葉が途切れた。 「さんっ…?」 「うるせぇ。」 そして噛み付くようなキス。 唇を、舌を甘く痺れるように噛まれて。 甘噛みされて引っ張られる唇に、驚いて瞳を見開けば、真剣な三蔵の瞳が目の前にあった。 鋭く自分を見つめるその瞳の奥にある真実。 胸が、くすぐったい。 心臓は煩くて、血液は波打って、顔は燃えるように熱くて。 虚ろになりそうになる意識の中、三蔵の顔に両手を伸ばした。 指先を掠める金の糸。 掴んだ頬の、整った形。 「三蔵のてのひらが一番好きだよ。」 にっこりと笑って言ったら、三蔵の瞳が細められて。 唇の端が楽しそうに持ち上げられたのが見えた。 2004/12/03 まこりん |