■■■嫉妬 2


きっかけは本当に些細なことだった。



『お前は嫉妬とか、しねェの?』
『嫉妬?』
『三蔵のこと好きなんだろ?』
『好きだ。』

戸惑うことすらない。
反射的にそう答えられる…いや、むしろもう応えるといったほうが正しいくらいだ。
自分で考えるよりも先にそう応えてた。
たまたま一人で八戒と悟浄の家に遊びに来ていて、今日は三蔵といっしょじゃないのかとかそういう話になって、自然と話は三蔵のことになって。
あまりにも悟浄がクソ坊主クソ坊主言うもんだから、三蔵は凄いんだぞってことをちょっと語ってみたのだ。
寺のなかには三蔵を快く思っていない人がいるのも知ってるけれども、実際三蔵のことを嫌いな人は少ない…と思う。
特に若い連中には三蔵は憧れの人なのか、むしろ好かれているようだ。
もちろんすぐに銃はぶっ放すし、ハリセンで思い切り叩かれるけれども、基本的に三蔵は優しいと思う。

この前も寺の若い者が、大事なお皿を割ってしまった時に、やっぱり三蔵は優しいなと思ったことがあった。
どうやらそれは大事に大事にされていた物らしくて、それの手入れをしようとしたその小坊主が誤って手を滑らせ割ってしまったようだった。
真っ青になってどうしていいのかわからないらしい小坊主は、今にもその割れたお皿で手首でも切ってしまいそうで。
怒られながら唇を震わすその小坊主に、三蔵は言った。

『どうせ形あるものなんていつか壊れるんだ。それがただ今だったってだけだろ。てめェが死んだところでその皿はくっつかねェし、その皿をココに寄こした三蔵法師だってそんなの望んでねェよ。』

いつものようにたいして興味なさそうに、煙草をふかしながら遠い空を見上げていった。
そして振り返ると、紫暗の瞳で小坊主を見る。
それを見た俺も、一瞬どきりとした。

『死ねばその罪から解放される。か。その皿に命ほどの価値があるとは思えねェが。』

揺れる、紫煙。
小坊主の震える手から、破片が落ちて。

『それでも死にたきゃ死ねばいい。それでお前の気がすむなら。』

その時、小坊主の瞳から涙が零れた。
さっきまで泣くことすら忘れていたのであろう、瞳から涙が零れた。

そのときのことを、悟浄にいったのだ。
あれはわかりにくいけれども、三蔵の優しさなのだと。
そしたら悟浄は煙草をふかしながら、笑った。

『なら嫉妬、しねェの?そーやって、三蔵が他のやつに優しくしてたりしてンのを見たときとか、悔しくなんないわけ?』
『なんで?』
『好きなんだろ?三蔵を。』
『好きだよ。だから三蔵は他のやつに好かれてるのを見ると、嬉しい。』
『………あぁ。そういうこと。』

人をバカにしたような悟浄のその言い方と、口元の笑みに、ちょっとだけむかっとした。
意味がわからなくて、食って掛かろうとしたところを八戒に止められて。

『悟浄。あまり悟空をいじめないでください。』
『だってコイツ、好きをはきちがえてんだもんよ。』
『貴方の言うような「好き」だけが世の中すべての「好き」ではありませんから。』

帰り際、悟浄と八戒の家を出た瞬間、ちょっとだけ耳に届いた会話。
意味がやっぱりわからない。
『好き』は『好き』だ。
好意だ。それ以外に何があるというのだろうか?
世の中『好き』と『嫌い』でわけられるものがほとんどで、それに『ちょっと』がつくか『かなり』がつくか『一番』がつくかの差くらいしかない。
意味がわからなかったのだけれど。



『嫉妬とか、しねェの?』



悟浄の言葉が、頭の中をぐるぐるしてた。
悔しくなることなんて、今まであっただろうか?
三蔵が寺の誰かに優しくしているのを見て。

ぐるぐるしてた。
わけがわからない。

心臓が早鐘のように煩い。



そう。きっかけは些細なことなのだ。


寺に戻って、三蔵の部屋に行こうといつものように廊下を歩いてたら。
たまたま目にした光景。

差し出された三蔵の手。

ソレをつかむように、のばされた小さな手。

心臓が鷲掴みにされたみたいに、どきりと大きく音を立てて、あの日のことが鮮明に思い出される。
ずっと、ずっと、長い間。
それこと本当にどれくらいいたのかもわからないくらいに長い、長い間。
気の遠くなりそうなその長い時間に、終止符をうってくれたあの三蔵の手。
眩しい光の中で差し出されたその手を、最初にとったのは俺だったのに。

「三蔵っ!!!!」

気がついたら大声で名前を呼んでた。
びくりと小坊主の肩が動いて、三蔵と小坊主が驚いたようにこっちを見てた。

気がついたらぼろぼろ、ぼろぼろ、大粒の涙が零れて、溢れて、とまらなくて。
胸が熱い。焼けるように熱い。

だってソレは俺が取った手だったのに。
三蔵が手を伸ばしたのは俺にだったのに。
俺の、だったのに!!

悔しいのか、悲しいのか、よくわからない。
ただつまらないだけなのかもしれない。
三蔵は自分のものではなかったし、自分だけのものでもなかったし。
ソレはわかっていたのだけれども。
三蔵が他の小坊主に優しくするのを、やっぱり流石だと思っていたし、それを理解してくれる人がいたのもうれしかったけれども。
小坊主達が三蔵を憧れの目で見るのも、別に良かったし、むしろ嬉しかったけれども。

それでも三蔵が手を差し伸べてくれるのは、俺だけだと勝手にどこかで思ってた。

「悟空。どうした?」

不思議そうに名前を呼ばれて、それがまたこの感情を煽った。

「三蔵のおたんこなすっ!!!!」
「あぁっ!?」

言うだけ言って、走り出す。
元来たほうへと足を向けて、寺院から飛び出した。

追ってくる気配はない。

それがまた、悔しかった。


2005/6/30 まこりん




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