■■■嫉妬 3


蝉の鳴き声がうるさかった。
煩わしい。
走り続けていた足をふっと止めて、振り返ってみたがやはり三蔵の気配はなく。
自分ひとりで怒って、自分ひとりで寺院を飛び出して。
バカみたいだ。

「あっ…。」

がらっと崩れる音がして、慌てて足元を見ればからからと小石が崖を落ちていくのが見えた。
気がつけばもうあたりは暗闇で。
その暗闇で気がつかなかったけれども、どうやら自分はあと少しで落ちるところだったらしい。
暗闇の中とはいえ、ここまでぎりぎりの場所に来るまで気がつかなかったとは…自分に驚いた。
それだけさっきのことで頭がいっぱいだったのだろう。



『嫉妬とか、しねェの?』



悟浄の言葉が、頭の中をぐるぐるしてた。
悔しくなることなんて、今まであっただろうか?
三蔵が寺の誰かに優しくしているのを見て。

これが嫉妬なのだと、今更気がついた。

三蔵の伸ばしたてのひら。
ソレに伸ばされた小さな手。

崖から離れるようにくるりと振り替えり、一番近くにあった木に寄りかかる。
とんっと背中を当てて、空を見上げた。
悔しくなるくらいに星がきれいで、月が綺麗で。
まあるい、まあるい金の月。

いつだったか、こんな星空の下を三蔵と一緒に歩いたことがあった。
手を繋ぎたいな。と思っても、中々いい出せなくて。
いつもみたいに怒られるかな?とか、うざいかな?とか思ったらできなくて。
そっと、三蔵の法衣の裾をつかんだら、やっぱり三蔵は怪訝そうな顔をして。

『ひっぱるな。重てェ。』

そういわれて泣きたくなった。
慌てて手を放して、少しだけ三蔵の数歩後に下がったら、三蔵は咥えていた煙草を捨てて、俺に手を伸ばしてくれた。
あの手が、嬉しかったから。
掴んだ手は想像以上にかたくて、つめたくて、大きくて。
でもどこか、優しくて。
掴んだ瞬間、凄く幸せだと思ったのを、今でも覚えてる。

ずるずると座り込んで、膝を抱えた。
抱えた膝の上に顎を乗せて、暗闇を見つめる。
小さくため息をついた。

「おたんこなす…とか言っちゃったから、怒ってるよな…。」

追ってこない。
それが答えなのかもしれない。
明日の朝になったら帰ろう。
今はまだ、帰りたくなかった。
きっと変な顔してるし、まともな顔して三蔵に会う自信がないから。
それまでここで、ぼーっとしていよう。
そんな風に思っていたときだった。

「っ…。」

慌てて口をふさいだ。
遠くの方に見えるものに気がついたからだ。
ゆらゆらと揺れる、その小さな光は。
おそらく。

三蔵の煙草の火。

慌てて立ち上がると、傍にあった茂みに身を隠す。
隠したあとに、気がついた。
隠れてどうするのかと。
隠れたりしたら、ますます、三蔵の元に戻りにくいではないか。
しかしここででていったら、また隠れていたということがばれてしまう。
どうしていいのかわからずに、ただ息を殺して。
ゆらりゆらりと揺れる光を、ただじっと見つめた。

「あのバカ猿…どこ行きやがった…。」

聞こえてきた舌打ちと、言葉。
泣きたくなった。
三蔵が探しにきてくれたのが嬉しい。
嬉しいけれども、恥ずかしい。
さっき自分は自分勝手な嫉妬で三蔵にひどいことを言って。
勝手に飛び出して、勝手に隠れて。
あんな感情を自分が持ったことでも驚いているのに、それを三蔵に気づかれたくない。
なんでかはわからないけれども恥ずかしかった。

ぎゅっと目を瞑って、口を両手で塞いで。
耳を澄ませば三蔵の小さな足音が聞こえた。

蝉の音が煩い。
煩いけれどもはっきりと。
三蔵の足音は耳に響いた。

できればこのまま気がつかないでもらいたい。
明日の朝になったら、いつもみたいに戻るから。
ハリセンで叩かれるのも、殴られるのも、覚悟してから帰るから。
でも今のこの顔のまま、会いたくない。
絶対に今のこの気持ちは、顔に出てるはずだから。

だから気がつかないで。
ここに自分がいること。
小さな枝の隙間から、ちろりと三蔵を盗み見る。

「っ…!!!」

ゆらりと。
三蔵の日が揺れて。
月明かりの下。
三蔵の体が揺れて。

からっ…と。小石が先ほどの崖を落ちる音が聞こえた。

「三蔵っ!!!」

気がついたら飛び出してた。
小さな小枝が、頬を掠めて、髪に絡まって。

それでも飛び出した。
必死に手を伸ばしても、届かなくて。

「さんぞおおおおっ…!!」

ゆらり揺れる煙草の火。
月明かりの下、三蔵の体が。

反射的に体が動く。
迷う暇なんてなく。
自分も一緒に落ちてた。


2005/7/24 まこりん




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