■■■爪きり



「爪が割れてる…?」

ぼそりと聞こえた悟空の声に、ふっと顔を上げて。
三蔵は自分の目の前で床に座り込み、先程まで肉まんを食べていた悟空を見た。
とっくに姿のなくなった肉まんを掴んでいた両手を広げて、その先端をじっと不思議そうに見つめる悟空。

「なんでだろ?」

不思議そうに首をかしげる悟空に、三蔵は小さくため息をついた。
そして机の引き出しを開けると、端にあった爪切りを手に取る。

「悟空。」
「ん?」
「爪を切らないからなるんだ。切っておけ。」
「あー…うん。」

三蔵の言葉に悟空は頷くと、立ち上がってぺたぺたと三蔵の前まで歩いてきて…爪切りをその手から受け取った。
ひんやりとした冷たい爪きりを握り締めると、またもとの位置まで戻って…再びぺたりと座り込む。

これは悟空の決めた距離らしいと気がついたのは最近だ。

仕事をしている三蔵の半径1メートル以内には、何かがない限り悟空は近寄らない。
1メートルはなれたところで、遊ぶなり食べるなりしている。
そして決して、簡単には三蔵の見えないところには行かないのだ。
部屋から出て外に行くときは必ず三蔵に一言声をかける。
それが悟空だった。
今日もその定位置で肉まんを食べていたのだが…今度はその位置で爪を切ることにしたらしい。

ぱちん。ぱちん。

悟空が爪を切る音が響いて。
三蔵は自分に背を向けた悟空から、再び手元に視線を移した。

ぱちん。ぱちん。

静かな空間に、悟空の爪を切る音だけが響いて。

「つっ…。」

爪を切る音だけが響いていたその空間に、悟空の小さな声が聞こえた。
それに訝しげに三蔵は顔を上げて―――――眉間に指を押し当てた。

背中を向けているとはいえ、悟空が指先を口に咥えているのは明らかだ。
どうして爪きりで指を怪我するのだと、三蔵は口にしようとしてやめた。
そもそもあの爪きりを持つ…いや、握り締めている手を見ればわかる。

「おい。」

がたんっと三蔵が立ち上がる音がして、悟空がびくりと肩を震わせた。

「この前の耳かきでも思ったが、何でお前はそう…握り締めるんだ。しかも今回は逆手で。」

少し怒気を含めた三蔵の声に、悟空は恐る恐る振り返った。
すたすたと音がして、三蔵が自分に近づいてきているのが目に入る。
明らかに呆れ顔と怒り顔が混ざっていて。
たかが爪を切っていただけなのに、なんでそんな顔をされなければならないのだと、文句を言おうとした口を塞いだ。

「じゃあ、どうやって持つんだよ?」

「貸せ。」

そして耳かきのときと同じ。
また、悟空の手から爪きりが三蔵に奪われた。

そして再び、三蔵はどかりと悟空の前に座ると、悟空の手をとった。

びくりっと悟空の肩が、震える。

「三蔵?」

「爪が長いから割れるんだ。」

ぱちん。ぱちん。

音が響く。

自分の手を掴み、指先にある爪を丁寧に切っていく三蔵。

目の前で、金色の髪が揺れて。

大好きな紫暗の瞳は、じっと自分の指先だけを見ていて。

指先が、何故か熱を帯びていく。

どくん。どくんと心臓は高鳴り、悟空はそんな自分に戸惑った。

たかが、爪を切ってもらっているだけなのだ。
三蔵に。
いや…あの、三蔵に切ってもらっているのだ。
爪を。

そう思ったら益々指先は熱くなり、何故か震えてきそうになる。

「動かすな。人のは切りにくいンだよ。」
「んなこと言ったって…。」

なんか恥ずかしい。

と、口にしたら益々呆れられそうで口にできなかった。
大体自分でも、なんでたかだか爪切りでこんなに緊張しているのかわからないのだ。

「お前…爪が割れてることに…今頃気がついたのか?」
「え?」
「なんで割れたと思ってんだ?」
「長いからじゃねぇの?」

悟空のきょとんっとした瞳に、三蔵は小さくため息をついて。
ぱちん。ぱちん。
すべて切り終えた後、その指先にある爪を、そっと…じぶんの指の腹で撫でた。

それにどくりと悟空の背中が粟立つ。

じんわりと爪の向こうに染み渡る、三蔵の指のぬくもり。
どこかいやらしいその指の動きに、胸が騒いだ。
身体中が熱くなって、ばくんばくんと心臓は煩く騒いで。

「てめぇが俺の背中に爪たてるから、割れたり白くスジがはいるンだよ。」

「ぅえっ!?」

あまりにも間抜け面で悟空が変な声を上げるので、三蔵は思わずくっと喉の奥で笑う。
そんな三蔵に悟空ははっと我に返ると、今度は顔が茹ダコのようにカーッと真っ赤に染まった。
三蔵の自分の指先を弄る指に意識が集中していたところに、突然の三蔵の言葉。
低く囁かれるようにいわれた言葉に、一気に混乱した。

「えええっ!?つっ、爪?たてっ…うええええ???」

「見るか?」

にっと笑う三蔵に、悟空はぶんぶんと頭を振って。
爪を三蔵の背中に立てるといったら、それは――――つまり、あの時しかないわけで。
自分の爪が割れるほど、自分は三蔵の背中に爪を立てていたのか。
そう理解した途端、真っ赤だった顔が今度は真っ青になる。

「ごごごご、ごめん三蔵っ!!痛かった!?」

「別に痛くねぇよ。」

「でもっ…!!」

「それにもう切ったしな。」

そして再び。真っ赤になったり、真っ青になったり。
相変わらず百面相な悟空に、思わず三蔵の唇の端に笑みがこぼれた。といっても、流石にあの三蔵なので、唇の端が僅かに上がっただけだったのだが。

「もう平気だろ?」
「でも痛いかもしれないじゃんか!!」

泣き出しそうな顔をした悟空の指先の爪を、再び指の腹で撫でて。
そのまま悟空の指を掴むと、自分の手を滑らせる。
少し困っているのか震える悟空の指に、自分の指を絡めて。
それに悟空の指が微かに震える。
三蔵が悟空の顔を覗き込めば、ぎゅっと目を瞑って唇に力を込めた悟空が真っ赤になってうつむいていた。
たかが指を絡めただけで、この反応。
三蔵は再び唇の端を持ち上げた。

「ならためしてみるか?」

「え?」

ぱっと悟空が顔を上げれば、三蔵のにやりとした顔。

言われた言葉。

その意味を。

悟空が理解するよりも先に、くらりと視界が回って。

気がついたら自分を見下ろす三蔵の顔が、ゆっくりと近づいてきていた。





>>>あとがき

なんとなく3種類かきたかったんです。
耳かきでほんのり甘いもの。
この爪きりでほんのりエロっぽいもの。

エロっぽくないし。色っぽい?
色っぽいのを目指したのは、次の髪切りなのですが。

2005/02/02 まこりん



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