■■■うさぎ 猿が風邪をひいた。 馬鹿猿だとばかり思っていたが、風邪をひいたということは馬鹿じゃなかったらしい。 「金…蝉…。俺、天ちゃんちにいきたいってば…。」 とも思ったが、やはり馬鹿らしい。 さっきからおとなしく寝ていればいいものを、天蓬の部屋にいくといってきかない。 目を離すとベットから抜け出しそうなのでこうして見張っているわけだが・・・いい加減仕事をしないと溜まる一方だ。 馬鹿は風邪ひかないというのはどうやら嘘だったらしい。 熱でとろんとした瞳のまま、見れば指先まで真っ赤な手を俺に伸ばした。 「な。金蝉…いったらすぐに帰ってくるから。」 「その熱でか?おとなしく寝てろ。いつだって行けるんだからな。」 真っ赤な頬のまま、熱でとろんとした瞳を、悟空は淋しそうに細めた。 普段うるさいくらい元気な悟空のみせるその表情が痛々しい。 「すぐによくなる。」 「でも…。」 「何しに行きたいんだ?」 「…今日は天ちゃん、新しい本を貸してくれるって約束してたから。」 へへっと小さく笑う悟空にため息をつく。たかがそんなことでかと思ったが口にはしなかった。 「いつでも借りれるだろ。」 「うん…でも金蝉、今日しか読んでくんないでしょ?。」 「………。」 今日しか。ってのは一体何のことだ。 というよりも、なんで俺が猿に本を読むことになっているんだ? 「この前、今日なら読んでくれるって約束した。」 「………。」 この前? ここのところ猿のせいで停滞していた山のような書類にハンコを押し続けていたから記憶が曖昧だ。 暫く考えて、そういえばそんな約束をしたような気もする。 今日なら一段落着くからソレまで待てと。 だが。しかし。 実際そんなのは騒がしい猿を黙らせるための言葉だったわけで、自分はそんなのとっくに忘れていた。 そしてこうして猿が風邪を引いて倒れたせいで、今日終わるはずの仕事は全然終わっていない。 「だから俺、新しいの今日借りるって、天ちゃんと約束………。」 「あー…わかった。わかったから。もういい。寝てろ。」 「……コン…ゼン…。」 大きくため息をつく。 しょうがない。いつまでたっても机に向かえない。 これじゃいつまでったってもこの会話の繰り返し。 さっさと本をとりにいって、さっさと戻ってきて、さっさと読んで終わらせよう。 「俺がいってくる。お前はソコで大人しくしてろ。いいか。ベットからでるんじゃねぇぞ?」 「…うん。」 もそりと。布団を鼻まで持ち上げて。 真っ赤な顔をした猿が、蕩けそうな顔で笑った。 それに一瞬目が奪われて、息を呑む。 そして舌打ちを一つ。 「めんどくせぇ。」 ポツリと呟くと、悟空の小さな体がピクリと動いた。 見れば少し悲しそうな瞳で、金蝉を見上げる悟空。 それに少し、罪悪感。 「待ってろ。」 どうしていいのかわからずに、ただぽんっと。 悟空の頭に手を置いて、軽く撫でるとそのまま―――天蓬の部屋へと足を向けた。 片手に本。 片手にりんごの乗ったお皿。 そして部屋に戻ってきてみれば、すーすーと寝息を立てる悟空がいた。 それにふっと、息を漏らす。 自然と口元が緩んだ。 さっき一瞬見せた悲しそうな顔ではない。 穏やかな寝顔。 それに少しだけ安心して。 近くまで寄って、ベットの隅にその本とお皿を置く。 そしてそのまま自分もそこに腰掛けた。 スプリングの利いたベットが、きしりと音を当てて悟空の体が僅かに揺れる。 「………。」 熱のせいか悟空の額に玉のように浮かんだ汗。 そのせいで額に張り付く悟空の少し長めの前髪。 それを指で拭うと、そっと………その額に手のひらを押し付けた。 汗でべたべたのソコに張り付く冷たいてのひらから、じんわりと熱が伝わってくる。 それはすぐさま、自分の冷たい手を熱くさせた。 「まだ…高いな。」 ヤブ医者め。と、さっき悟空を診てもらった医者に毒づく。 菩薩に頼めばこんなものすぐになんとかしてもらえそうだと思ったのだが、すぐさま断られた。 『たまにはいいじゃねぇか。看病ってのも。』 とかわけがわからないことを言われ、そのままだ。 つかえないババァ。 悟空がこんなに熱いのに。こんなに苦しそうなのになんとかしやがれってんだ。 「ン…コン…ゼン?」 悟空がもそりと身動ぎして、瞳をうっすらとあける。 そして自分の額に押し当てられた俺の手を掴んだ。 それに一瞬手を引こうとして、つかまれた手の弱さ、そして燃えるような熱さににそれを戸惑う。 「へへへ。冷たくて、キモチイー…。」 すりすりと手に頬を摺り寄せて、悟空が笑った。 それに口元が緩む。 払いのけようとした手を、そのまま握り返してやれば悟空は幸せそうに笑って…それが、どことなく…愛しかった。 悟空と過ごすようになってから、初めて感じるようになったこの気持ち。 愛しいって、きっと、こういうこと。 こういう時に、感じるこの胸の奥のくすぐったいような、暖かさがきっとそうなのだろう。 自分なりの解釈ではあるが。 「お前が熱いんだろ。」 「うん。あ、金蝉、本借りてきてくれたんだ。ありがと!」 「ああ。あと…コレを…。」 りんごの乗ったお皿を悟空の目の前に持ってくると、それを見た瞬間悟空の瞳が驚いたように開かれた。 「りんご!あー!しかもウサギだっ!!って…あっ…!!」 がばりと起き上がると、その勢いのせいかくらりと悟空の体が揺れる。 それを慌てて悟空の手首を掴んで支えた。 「だからお前は熱あんだから…って重てぇっての!!」 くらりと揺れて崩れそうになった悟空が、どさりと自分の方へと倒れ掛かってくる。 その重たさに一瞬眉をゆがめたが、唇をかみ締めた。 りんごの乗ったお皿を持つ手が、僅かに震える。 抱きとめた悟空の体の熱さに、熱の高さが伺える。 思った以上に高いのかもしれない。 少し不安になったが、食欲があれば病気もすぐによくなるだろう。 「どうしたんだ?コレ。」 悟空がりんごを一切れ掴んで、不思議そうに俺を見上げてくる。 それを食えと目と顎で合図すれば、悟空はソレをしゃりっと口に含んで幸せそうに笑った。 『悟空が風邪?なら本だけじゃなくて、はい。コレ。』 いつものように読めない笑みで、天蓬がさしだしてきたりんご。 真っ赤なソレは、大きくて、甘い匂いが僅かにしていた。 『なんだ。ソレは。』 『りんごですよ?ご存じないんですか?風邪と言えばこれでしょう。そして風邪のときのりんごといえばウサギさんでしょう?』 『……てめぇが剥け。』 「うんめー!!」 悟空の声にはっと我に返る。 みれば真っ赤な頬を大きく膨らませて、悟空がりんごを頬張っていた。 しゃりしゃりと音が響いて、悟空の唇の端から雫が零れる。 それを悟空は親指でぐいっと拭うと、ぺろりと指先を舐めた。 「べたつくぞ。ばか猿。一気に口に含むからだ。」 悟空の指先をお皿の端に乗せてきたお絞りで拭ってやる。 少し擽ったそうに悟空が指を引くのを、逃さないように追いかけながら。 「な、な、金蝉?これ、金蝉が剥いてくれたの?」 りんごのウサギを指差して、悟空が嬉しそうにたずねてくる。 腕の中で、笑う悟空。 さっきまでの熱でとろんとした瞳ではない。生気の宿った瞳。 幾分調子は戻ってきているらしい。 それに思わず口元が緩んだ。 「ああ。」 そう。天蓬にああは言ったものの、先ほど悟空を僅かながら傷つけたこと。それが気になって。その時の負い目からか、天蓬に習いながら自分で剥いた。 初めてやったから形はいびつだったけど、食べるところが残っていただけまだましだろう。 「ほんとっ?!俺、嬉しい!」 「…フン。」 「あ、でも金蝉…指怪我してる…。」 悟空の指差したところは、さきほどりんごを剥いていて怪我したところだった。 言われた瞬間、じんわりと…少しだけ。痛みを思い出して眉をしかめる。 ソレを隠すように拳を作ると、悟空にその手を掴まれた。 「コレのせい?」 「…違う。」 「コレのせいでしょ?」 「煩せぇ。」 「ダメだよ!消毒しないとっ!!」 そしてお約束のように、悟空が俺の指先を口に咥えた。 熱のせいか、もともとなのかわからないが、悟空の口内はものすごく熱くて。 ぺろりと指先を柔らかな舌が包み込んできて、俺はぎゅっと目をつぶった。 冷たい指先に感じる熱。 柔らかな、舌。 始めて感じた感覚。 力が抜けそうになる。 「ばっ…てめぇっ…!!」 「だって、怪我したときは舐めるといいって天ちゃんがっ…。」 悟空の舌からすり抜けた自分の指がてらてらと唾液によって輝く。 ソレを目にした瞬間、体がカーッと熱くなった。 どくんどくんと心臓は大きく鳴り響いて、目の前でちょっと怒ったような悟空がくらりと揺れる。 「天ちゃん天ちゃん…って、てめぇは煩いんだよっ…!!」 「コンっ…。」 あとは衝動のまま。 そのまま悟空の唾液で濡れた手で、悟空の手首を掴んでそのまま引き寄せる。 そしてその煩い口を自分のソレで塞げば、悟空が僅かに抵抗をした。 その抵抗を抑えるかのように、深く深く、口付ければ、自然と悟空の体から力が抜けて。 お互い唇を離したときにはすでに、二人とも息が上がっていた。 「お前は怪我したとき、天蓬に舐めてもらったのか?」 「え…?あ、うん…。」 「どこだ。」 「どこって…。ココとか、こことか…。」 悟空が指差すところを、そのまま唇で追っていく。 なんでかなんてわからないけれど、そうしたかったから。 柔らかな悟空の肌は、どこか甘い香りがして。 そのまま悟空の指差す肘やら膝やらを口付けながら、悟空の服の端から指をしのばせる。 とたんにぴくんっと悟空の体が動いて―――。 「金蝉?」 どさりと、天蓬から借りてきた本が床に落ちる。 その音と悟空の声に、はっと我に返った。 慌てて体を引き離せば、少し戸惑うような悟空の瞳。 その瞳に写った、どうしようもないほど情けない顔の自分。 「………。」 「金蝉どうしたんだ?」 「………煩い。寝てろ。俺は仕事してくる。」 そのまま悟空の上にふとんをかけると、書斎へと逃げるように向かった。 今だばくんばくんと心臓の音は煩くて、先ほど触れた悟空の体の熱、柔らかさはまだ指先と口先に残っていて。 ぶんぶんと頭を振ると、小さく舌打ちした。 >>>あとがき 私金蝉と悟空はプラトニック推奨というか、 お父さんとお子さんってイメージが強かったのですが… 一体全体どうしましょうか…… っていうか、また指舐め。今度は悟空ヴァージョンですね… 『うさぎ・2』がある予定です(予定は未定) 2004/10/17 まこりん |