■■■うさぎ 2


猿が風邪をひいた。

「八戒。バカは風邪引かないんじゃなかったのか?」
「ひでェ〜三蔵〜…。」
「三蔵…。」

俺の言葉に悟空は頬を膨らませ、八戒は困ったように笑う。
悟空が風邪で倒れたせいで出発が遅れた。
本来ならもうこの街を出るはずだったのだ。
このまま悟空をこの街においていこうとした俺を、八戒がとめた。
悟浄はここが大きめの街でよかったと鼻歌を歌いながら、さっさと夜の街に出かけた。
だから静かといえば静かなのだが。

「早く治せ。」
「だから俺、別にこれくらい平気だってば。」

真っ赤な顔をして、悟空が口を尖らせる。
ため息が出た。
その真っ赤な顔でよくそんなことが言える。

「やっぱりバカだな。そんな熱じゃ、足手まといなんだよ。」
「……ごめん。三蔵。」
「早く食え。食って、寝ろ。そしたら治る。」

八戒の持ってきた雑炊を悟空に手渡して。
そのまま悟空のベットの傍らに腰を下ろす。
タバコを吸おうと箱を取り出した瞬間、八戒に取り上げられた。
睨み付けたが笑顔の八戒は何も言わない。
チッと舌打ちを一つ。

部屋を出てタバコを吸うか。
タバコを吸わずにここにいるか。

やってられっかと立ち上がろうとした瞬間、八戒がまた有無を言わさない笑顔でにっこりと笑った。

「僕は替えの氷枕取りに行ってきますから、そこで悟空のこと看ててくださいね?」
「誰が。」
「三蔵が。ですよ?」

にっこりと笑って八戒はさっさと部屋から出て行く。
どうやら少し怒り気味のようだ。
さっきまでの俺の悟空に対する言葉に対してだろうとは察しがついているが。
振り返れば雑炊を口に含んだまま、申し訳なさそうな顔で固まっている悟空。
それにまた、ため息。
そのため息に悟空の肩が僅かに揺れた。

「そんなに…熱、あンのか?てめェは。」
「なんかぼーっとするけど、そうでもないと思うんだけど。平気だし。」

真っ赤な顔で悟空が微かに笑う。
どこかいつもと違う笑顔。
少し気になって、悟空の額に手を押し当てようとしたら―――。

「あれっ…?」

くらり。

とさり。

大して力をこめて悟空の額に手を押し当てたわけでもないのに。
そのまま悟空は後に倒れて布団に沈んだ。
僅かに高く上げた雑炊の入ってるお皿はなんとか無事だ。

そして俺は―――――手のひら全体に伝わった熱に、はっとした。

「悟空―――お前………。」
「三蔵、いつも以上に手、冷たくねェ?」
「ばかかてめェは。お前がいつも以上に熱いンだ。」
「そっか…な?」

へへっと力なく悟空が笑う。
力が抜けそうになった。
このバカは自分がどれくらい熱があるのかもわかっていないらしい。
いや…もうわからないくらい熱が続いているのかもしれない。

「もっと食え。食欲があればこんなものはすぐによくなるんだ。他に食いたい物は?」
「三蔵がそんなこと聞くの、初めてじゃねェか?」
「バカなこと言ってンな。」

倒れた悟空の身体を引き起こして、背中に枕を入れてやる。
それに寄りかかるようにした悟空が、雑炊の入ったお皿をじっと見た。
見て………そして思いついたように笑う。

「あ。そだ。風邪といえばりんご!りんごといえばうさぎ。」
「うさぎ?」
「リンゴ食いたい。うさぎのりんご。」
「………?」

リンゴ?うさぎの?
ウサギ用のリンゴ?そんなもんあんのか?

「わかった。そこで寝てろ。今―――――。」
「三蔵が剥いてくれるの?」
「………。」
「待ってる。」

雑炊を一口口に運んで、その暖かさに微笑む悟空。
嬉しそうに笑ってまた一口含んで。
食欲があるなら大丈夫だろうと、立ち上がった。

リンゴ。うさぎの?

とりあえず八戒に聞くことにして、さっさと台所へと向かった。















「ホラ。食え。」
「え?」

空っぽになった雑炊の器を両手に持ったまま、起き上がった姿勢でそのままうとうとと舟を漕ぎ始めていた悟空の鼻先にリンゴの乗ったお皿をつきつける。
うと…と悟空が眼を覚まして…そのままただでさえ大きな瞳を、更に、更に大きく広げた。

「リンゴ!うさぎじゃんコレ。」
「てめェがそれが欲しいっつったンだろうが。」
「ありがとな!三蔵!!三蔵が剥いてくれたのか?」

爛々と瞳を輝かせて、そのままリンゴのはいったお皿を悟空が受け取る。
あまりにも嬉しそうに、嬉しそうに悟空がそういうから。
三蔵は言い逃してしまった。
そのウサギのリンゴは八戒が剥いた物だと言うことを。
少し悟空から視線を外した後、三蔵は軽くため息をついた。
こんなに嬉しそうに喜ぶのなら、自分が剥いてやればよかった。
ナイフの扱いは苦手じゃない。
もともと昔は賄いの仕事もしていたのだ。
光明三蔵の元にいたときには。

「えっと…。」

リンゴの乗ったお皿を見て、悟空は僅かに視線をチラチラと周囲に持っていった。
で、少し考えた後、リンゴをとろうとそのまま指を伸ばす。
さっきの悟空の視線は、リンゴを食べる物を探していたのだと、三蔵は気がついた。
いつもの悟空なら平気で手づかみだろうに、今はベットの上だからかもしれない。
それを考慮したのは。
だから悟空の手がリンゴを掴むよりも先に、そのリンゴを三蔵は掴んだ。

「三蔵?」
「食え。」

そしてそのリンゴを悟空の口元へと運ぶ。
手を拭くものを持ってきてもいなかったから、悟空がそのまま手で食べてはベットから降りなければならない。
それはこの熱のある状態であまり進めたものではなかったから。
そう理由をつけて、そのまま悟空の口元へとリンゴを運んだ。
その三蔵の行動に悟空は少しだけ驚いたように瞳を見開いて…そして次の瞬間、また笑った。
満面の笑みで口を開けると、そのままリンゴを頬張る。

しゃりっと音がして、僅かに甘い香りがあたりに漂う。

「うめェ。すっげー美味ェよ。三蔵。ありがとな!!」

それはそれは幸せそうに悟空が笑うから。
やっぱり自分で剥けばよかったかと、三蔵はまた思った。
少しだけ、申し訳ない気持ちになる。
きっと悟空はコレを自分が剥いたと思っているのだろう。

三蔵の手には悟空がかんで少し小さくなったリンゴがまだ残っていた。
それを悟空はぱくりと。
三蔵の指ごと口に含む。
その悟空の行動に、三蔵の指がピクリと跳ねた。
突然の行動だったから、少し予想外だったのだ。
考えてみれば当たり前だったのだけれども。

甘い、甘い、リンゴの蜜。
三蔵の指先に残るソレさえも舐めとるかのように、悟空は三蔵の指に吸い付いた。
吸い付いて…少しだけ、三蔵の指先から手のひらへと流れていく、リンゴの果実の甘い汁を舌で追って。

その悟空の舌の動きに、三蔵の指先が震える。
暖かい悟空の舌の動き。
熱があるせいなのかはわからないけれど、熱い悟空の口内。
ぞくぞくっと、背中が粟立つ。

瞳を伏せて、自分の指を、てのひらを、舐める、悟空。

「おい。舐めんな。」
「だって、べたべたすんじゃん?三蔵が。」

ちろりと開けた金色の瞳が、上目遣いのまま三蔵を見上げる。
どうしても二人の間に身長差があるから、悟空がよく見せる上目遣いではあったのだけれども。
この状況でそれをやられて、理性を保てと言う方が無理だ。

「ばか猿。」

折角堪えていてやったのに。

ただでさえ熱で潤む悟空の瞳は、身体を重ねている時と同じだと思っていた。
ただでさえ熱で熱い悟空の吐息は、いつも肌を重ねているときと同じ熱だと思っていた。
ただでさえ桜色に染まる頬は―――。

こくりと唾を飲み込む。

「なんでだよっ!!」

怒り出した悟空の唇に舌を寄せれば、甘い甘いリンゴの味がした。
ぺろりと舐めて、そのまま柔らかな唇を口に含む。
熱によって熱いその唇が、驚いて開かれた隙に自分の舌を滑り込ませて。
熱く燃えるような口内を貪った。

「ン…ふァっ…。」

甘い、甘い、悟空の口内。
リンゴの味の向こうにある、悟空の味。

寝巻きの裾から滑り込んだ指先に感じる、熱い熱い悟空の肌。

「ばっ…さんぞっ…何考えてっ…!」
「汗かきゃなおる。」
「さっきと言ってること、ちっげェ…し!」
「嫌ならさっさと寝ろ。」

はァ、はァと小刻みに悟空の胸が上下する。
うっとりと蕩けるような瞳をしているのは、熱のせいだけじゃないのは悟空も三蔵も知っていた。

「つうかもう無理。」
「じゃあ、大人しく食われてろ。」
「〜〜〜〜〜〜!!」

少し怒ったような悟空の口に、三蔵は再び唇を寄せた。





>>>あとがき

1ヶ月前に書いた金蝉×悟空の別ヴァージョン…?
書きかけたままとまってたので
書き上げてみた
お父さんバージョンと恋人バージョンみたい(笑)
ってか悟空に甘いのは金蝉のほうでした…ね
ウサギのリンゴ切ったのは金蝉さん…
三蔵さんは八戒に切らせたようです…
私の中の金蝉と三蔵はそんなイメージ

2004/10/18 まこりん



>>>戻る