| ■■■ てのひら 「私が…フェイトを…好き?」 ロジャーの残した言葉を、ネルは口の中で反復した。 口に出しても、実感がわかない。と言うよりも、信じられない。 自分が、誰かを…異性を好きになるなんて。 「…ばかばかしい…。」 ふっと笑おうと思って…ぎこちなく動く唇の端に気がついた。 上手く笑えない。 笑い飛ばしたいことなのに。 ふっと…ベットに押し当てた手が、視界に映る。 ふるふると…震えているような気がして…ゆっくりと持ち上げてみた。 それは確かに小刻みに震えていて。 その震えに、再び驚く。 衝撃だった。自分の手が震えているのだ。 意味もなく。 「………?」 震える腕を、もう一方の手で掴んでみる。 その時脳裏に………一瞬浮んだ光景に、ネルは瞳を見開いた。 『うわっ…やけにバランスが悪いね。振り落とされそうだよ。』 『あはは。ネルさんらしくない言葉だね。いいよ。僕に掴まっててください。』 ぐらつくトロッコモンスターに、耳元を風が切る音がする。 初めて乗ったトロッコモンスターに、ネルは慣れないでいた。 そんなネルとは対照的にすぐさまトロッコモンスターの扱いに慣れたフェイトが、ネルに手を差し出してきて…ネルは一瞬戸惑ったが、大人しく掴まらせてもらおうかと手を伸ばす。 その時…ふっとネルの手が震えていた。 自分でも驚くくらい、些細な震えだった。 それに気がつかれてしまったら嫌だと…ネルは思った。 なんだか情けないところを見せてしまうような気がして……。 だから戸惑って、フェイトの言葉に甘えるのは止めようと思った瞬間…クリフがそんな二人を見て、にやりと笑う。 『お?なんだぁ〜フェイト。お前も中々上手いことやるなぁ〜。』 『ば、馬鹿なこと言うなよ!お前は崩れ落ちてくる砂や石でも払ってろって!』 『へーへー…。』 クリフが言われたとおリネルに落ちてくる砂や埃を、手でネルにかからないように掲げて。 今ならフェイトはクリフの方に意識がいってるから、手の震えには気がつかれないかもしれない。 ネルは小さく俯くと、フェイトの腕に手を伸ばした。 細く白い腕に、ぎゅっと掴まる。 それだけで不安定だったバランスが、僅かにまともになって…ちょっと不安だと思った心が、安心にかわる。 『すまないね…。』 『いえ、僕は手綱をもっていますから。』 いつのまにか、震えは止まっていた。 目の前をもの凄い早さでかけ抜けていく、暗い洞窟の壁。 ところどころに見えるモンスター。 がたがたと揺れるトロッコモンスター。 バランスの悪い足場。 とくん…と。 小さく胸が波打った。 掴んだ腕は、思っていた以上に堅く、逞しく。 自分の腕とは明らかに違っていた。 ソレに気が付いたら、急に何故か呼吸がしにくくなった。 『どう…したんだろう…ね…私は。』 『ん?何かいいましたか?』 『……何でもないよ。』 自分の声が聞こえてしまったらしい。 ネルは慌てて口許をマフラーに埋めると、口をつぐんだ。 フェイトが振り向かなくてよかった。 掴んだ腕が熱い。いや、フェイトの腕を掴んでいる自分の掌が熱いのだ。 ふっとフェイトの背中を見つめる。 広くて、堅そうな背中に、初めて気がついた。 息苦しくて、呼吸が出来ない。 ネルはふっと瞳を伏せると、ぎゅっとフェイトの腕を掴む手に力を込めた。 じっと…震えの止まらない手を見詰める。 ほんのりと。じんわりと。あの時のフェイトの腕の感触を思い出した。 それは胸を少しだけ、締め付ける感触で。 「………私は…?」 そしてまた思い出す。 あの時も。そう…あの時も手が震えていた。 カルサア修練場で、敵に囲まれていたあの瞬間も。 ダガーを握り締める手が震えて。止まらなくて。 覚悟をしてきていたのに。 そんな時、フェイトの声がした。 振り向かなくてもわかる。二人の気配に…手の震えは、いつの間にか止まっていて。 他にもある。たくさんある。 アーリグリフとの戦争の時も、フェイトの意識が戻らなかった時も、セフィラが狙われた時も。 いつだって、心とは裏腹に手だけが震えて。 その度に、フェイトの声で、言葉で、瞳で。 手の震えが止まったのだ。 「まさか…。」 自分の中から排除した、封印した感情。 私情を鋏んだら、任務にさしつかえるから。 だから……そんな感情を胸に抱く日は来ない筈だったのに。 「…フェイト…?」 名前が、自然と口から零れてた。 わからないけれど、自然と口からでていた。 とくんと、小さく胸に波紋が広がる。 それは決して不快ではなく、でも苦しいもので。 ふっと再びてのひらを見詰める。 見慣れたてのひらの震えが……止まった。 あとがき |