| ■■■ 君の隣 ネルさんと一緒に行動してから何回か町の宿に止まったけれども。 彼女は僕達と一緒にその宿にとまることはなかった。 最初はソレを知らなくて、僕とクリフは男だから彼女だけ別室なのだと思っていた。 どうやら違っていたらしい。 たまたまふっと夕食の後にすることもなくて、ぶらぶらっと部屋から出た。 なんとなくネルさんと話でもしようかと思ったけれども、部屋を知らなくて。 「クリフ、ネルさんの部屋番号知ってる?」 「知らねェよ。」 不機嫌そうに言うクリフに苦笑してそのまま宿の受付にいる店員さんに声をかけた。 すると彼女はこの宿に部屋を取っていないことがわかった。 それに驚いて。 ふらっと外に出るとあたりはもう暗闇で、空には満天の星空が広がっていた。 昼間彼女がいた墓地にいくと、暗闇の中彼女が立っていた。 黒装束に身を包んだ彼女の、すこしだけ見えている白い肌が暗闇に浮かび上がっていて…少しだけ怖かったのだけれども。 足を前に出すとじゃりっと砂を踏んだ音がして、慌てて足を引っ込めた。 でもそんな音に彼女は振り返りもせず、マフラーに口元をうずめてただ…じっと。目の前の墓を眺めていた。誰の墓なのかはわからなかったけれども。 彼女のダークレッドの髪が、さらりと月明かりの下で揺れる。 どきりとした。 闇夜に佇む、目の前の女性を。 彼女ほど暗闇が似合う女性はいないのではないだろうか。 昼間とは対照的な、鋭利な刃物のような…雰囲気。 ゆらりゆらり風に揺れるマフラーに目は釘付けで。 暗闇の中で、彼女が顔をあげる。 「いつまでそうしているんだい?」 「…気がついていたんですか。」 「あんた私を何だと思っているんだい?」 キンっと金属の音がして、彼女が手にダガーの柄を握っていたことがわかる。 もしかしてさっき近づいていたら、刃先を喉元に突きつけられていたかもしれない。 「明日も早いんだ。早く寝なよ。何度か倒れているんだしね。」 「ネルさんはどこで宿を取っているんですか?」 「………何バカなこと言ってるんだい?」 「だってあなたは僕らと同じ宿に部屋を取っていないじゃないですか。」 月夜の下で、彼女の翡翠の瞳がきらりと光る。 その瞳にぞくりとした。 射抜くような、鋭い瞳。 「寝ていないんですか?」 「任務に支障が出るような体調管理はしていないつもりだよ。」 「じゃあ…。」 「いいから早く宿に戻りな。」 そういうとネルさんは、すっと闇夜に溶け込むように消えてしまった。 気配の消し方もすごく上手くて、今の僕には全然ネルさんの消えた先なんてわからなくて。 どうしようもないからそのまま黙って宿に戻った。 宿に戻ったらクリフは軽くお酒を煽っていて、帰ってきた僕の顔を見た瞬間呆れたように笑った。 「あいつは任務にクソ真面目だからな。」 「…任務と睡眠は関係ないんじゃないの?」 「ってか、警戒心はといてねェってことだろ。俺らに。」 「………。」 「しょうがねェだろ。それがあいつの仕事だ。」 「………。」 なんだか無性に腹が立った。 何でもかんでもお見通しですみたいなクリフにも、自分を信じていないネルさんにも。 そしてネルさんのこと、やっぱり全然理解できない自分にも。 最初から彼女の意見はおかしいと思った。 任務任務。任務が優先。 タイネーブさんやファリンさんを助けにも行かず、アーリグリフの兵の追っ手を彼女達にまかせて。自分達だけ先に安全な場所へだなんて。 だって二人は殺されてしまうかもしれないのに。 その上自分の体に無茶をしてまで、任務が優先な彼女。 もっと自分を、仲間を、大切にして欲しい。 暗闇の中、墓の前で一人、何を考えていたのか。 わからなくて、無性に―――腹が立った。 彼女があの墓の前で何を考えていたのか、理解したのは後日。 あれからしばらく彼女と行動をともにして、なんとかクレアさん達のいるアリアスについて。 次の日クレアさんからタイネーブさんとファリンさんのこと、そして彼女達を助けるためにネルさんが一人で救出に向かったと聞いた後。 彼女はあのカルサアに到着したときに、二人のことを知ったのだ。 あの夜墓の前で佇んでいたのは、部下が心配で眠れなかったから。 あの墓はもしかしたら彼女の過去の部下や、同期の墓なのかもしれない。 それともたまたまあの墓地が、一人になるには居心地のいい場所だったのかもしれないけれど。 あの暗闇の中、彼女は今すぐにでも二人の救出に向かいたいのをこらえていたのだ。 ただじっと。 目の前の墓をにらみつけながら、込み上げてくる感情を殺していたのだ。 彼女はそんな薄情な奴ではない。 それはほんの少しだけれども、旅をしてきて知ったこと。 彼女の中で任務も、部下も、国も。 何もかも。すべて大切なのだ。 それらすべてを守るために、彼女はダガーを振るうのだろう。 まるで舞うように。 すべてを守るために。 そんな彼女を、守りたかった。 部下も、国も、すべてを命をかけて守ろうとする彼女を―――誰が守る? すべてを守るために自分の命をかける彼女を、誰が守る? 守りたい。 この手で。 そう思ったら、答えが出た。 自分は何がしたいのか。何に腹を立てていたのか。 彼女を理解できない自分。 理解できなかった自分。 クリフに腹を立てていたんじゃない。 自分の理解できないネルを、理解していたクリフ。 自分とは違うモノ。 敵に囲まれる彼女の、細い後姿を見たとき。 血の気が一気に引いた。 体は無意識に動いて、腕は剣の柄を強く握り締めていて。 振り返った彼女の、瞳が大きく見開かれて。 微笑んだ彼女の顔に、胸が音を立てた。 隣で眠る彼女のダークレッドの髪に指を絡める。 さらさら。さらさら。 指通りのいい、さらさらの髪の毛。 伏せられた長いまつげ。 規則正しい寝息。 あの事件以来、彼女は僕らと同じ宿を取るようになった。 彼女は僕達を信頼してくれるようになったのだとわかった。 野宿の時は決まって最初に火の晩を申し出たり、たまにクリフが火の晩をしている時は俺らからは見えない場所に消えてしまっていたのがなくなった。 それでも木の上だったりするのだけれども、それは仕方がないのかもしれない。 性別の壁があったわけだし。 そんな彼女が、今、自分の横で寝ているというのはすごいと思う。 あの事件以来少しは警戒心を解いてくれたけれども、僕らが動くと決まって彼女は眼を覚まして、ダガーの柄に手をかけた。 それは僕らに対してなのか、僕らの気配を敵の気配と思ってなのかはわからないけれども。 そんな警戒をしていた彼女が今、僕の隣で寝ている。 それってつまり。 僕はもう君の中で、隣にいて当たり前の人物ってことなのでしょう? こうして髪を触っても目を覚ますことはなくなった。 規則正しい彼女の寝息に、こっちの心が安らいでいく。 「ネル。朝だよ。そろそろ起きないと…。」 「ん…。」 少しゆすると、彼女の眉間に皺が寄った。 彼女の白い指がシーツを握り締めて、もそもそと彼女に手繰り寄せられて。 「おはよう…。」 うっすらと目を開けた彼女の、翡翠色の瞳が俺をぼんやりと捕らえる。 「…あぁ…おはよう。」 にっこりと笑った口元。 あの夜みた、鋭利な刃物みたいな、ネルさんの瞳。 あの瞳を見ることはなくなった。 あの夜感じた、彼女ほど暗闇の…月夜の似合う女性はいないんじゃないかって思った思いも、今はもう感じない。 彼女ほど。朝の眩しい輝きの中が似合う女性はいないと思う。 あとがき |