| ■■■ スレチガイ 最近ネルの様子がおかしかった。 だから不安で。そして自分がなんとか元気づけようと思ったから。 だから今だに慣れないシランド城の長い廊下をてけてけと急ぎ足で歩いて。 まだどこが誰の部屋かなんてわからないたくさんの部屋の中から、自分が唯一誰の部屋なのか覚えている部屋の前で足を止めた。 コンコン。 と叩いてみる。 シーンとした扉の向こう。 おかしいな?って思った。 だって廊下の向こう側から、この部屋の持ち主が部屋に入っていくのをみていたのだから。 コンコン。 もう1度叩いてみる。 だがやはり返事はない。 なんとか手を伸ばせばドアノブに手が届く。 だからうんっとつま先立ちをして、腕をぴんっと伸ばして。 ふらふらと指先を振るわせながらドアノブに指が触れた瞬間。 「…っ。」 小さな物音が聞こえて、何故かびくりと肩が震える。 どきどきと鳴る左胸に手を押し当てると、ロジャーはこくりと唾を飲み込んだ。 (何の音……?) 無意識のうちに耳を澄ます。 静かな部屋の向こうで、その音は小さく掠れて、時たま紛れる…聞き慣れた人の声。 「…いやだっ……!!」 「おねいさま!?」 酷く怯えたようなその声に、ロジャーは弾かれたように扉を押し開いた。 そこでばちりと…二人の目があう。 ベットに腰掛けたネルの瞳と、慌てて部屋に飛びこんだロジャーの瞳。 「…ロ…ロジャー…?」 「ど…そうかなさったんですか?」 ロジャーの声に、ネルが瞳を不思議そうに揺らす。 「…別に…ただちょっと…夢見が悪かっただけさ…。何か言ってたかい?私は。」 「………。」 よくよく見れば、ネルの額に汗で濡れた前髪がべったりと貼りついてる。 少し顔色の悪いその顔が、かさついた唇が、ベットについた手が、僅かに震えていた。 「……嫌って…。」 「…そう…。」 「なんの夢を見たのですか?」 「………覚えていないんだ。」 額の汗をその細い腕で拭って。 ネルが溜息をつく。 その仕種が、妙に色っぽくて。 ロジャーはふっとそのネルに見惚れた。 「ただ…あいつが…フェイトがでてきた気がするんだけど…。」 「あのバカちんがおねいさまに何かやらかし……!!」 「ばかだね。違うよ。ただあいつの背中が……。」 「…背中…?」 その時、ふっとネルの瞳が伏せられる。 そのネルの仕種はやっぱりいつもの彼女らしくない。 はっきりしない言葉にも、態度にも。 ロジャーはぐっと拳を握り締める。 フェイトの背中? なんだかわからないけれどむしょうに腹がたって。 「あいつは…もうすぐいなくなるんじゃん!だからそんな夢……。」 気にすることないのだと。 言いかけた言葉を、飲み込んだ。 目の前で見開かれたネルの瞳に、身体が金縛りにあったのだ。 その瞬間、身体の奥底でぱぁんっと何かが弾ける。 それはぱんぱんに膨らんだ風船が弾けた。そんな感じで。 「ロジャー?」 ネルの声が、遠くに聞こえる。 どくんどくんと心臓が波打ち、ぶるぶると指先が震えた。 「なんだよ。おねいさま…あいつのコト、好きなんじゃん。」 ネルに聞こえたかもわからない。 そんな小さな声で、口の中で呟く。 ロジャーはぎゅっと拳を作ると、ばっと手を振り上げた。 「ロジャーっ!!?」 ばんっと大きく音がする。 自分が扉をおもいきり押し開いた音。 その後は部屋からとびでるように廊下にかけだした。 何故かはわからないけれど、その場にいたたまれなかったから。 息が乱れて、目頭も何故だか熱くなって、胸が締め付けられる。 走り疲れた頃、足は自然と歩きに変わる。 そしてこつんっと、足元を蹴った。 ネルのあの瞳。 自分の言いかけた言葉。 フェイトの背中の夢で、『嫌だ』と言ったネル。 すべてがバラバラになったピースが一つのカタチを作る鍵だ。 そして自分にはわかってしまった。 ネルの見ていた夢の正体。 起きた瞬間、忘れたいと思った程の、悪夢の正体。 それはネルの心の奥深くに今根付いている不安だ。 「ちくしょう…。」 ぽろりと自分の口から出た言葉に、喉の奥が熱くなる。 でも悔しいから。 そして自分はオトコだから。 だから込み上げてきたものをグッとこらえて。 ロジャーは床を睨みつけると歩き出した。 あとがき |